しかし、こんなことをいってはなんだが、土壇にひび割れが見つかったおかげで、奈良博で「国宝法隆寺金堂展」が開催されることになり、短い期間だが四天王像が4体展観されたのだった。

『国宝法隆寺金堂展図録』は、像の表面は漆下地に白土地を施したうえに彩色する。赤(朱)・橙(丹)・緑(緑青)・青(群青)の4色を基本としているという。しかし、暗い中でわかるのは赤や橙の色だった。ズボンの部分は緑や青も使われているかなと見えなくもなかった。

しかし、今回の発見は截金だけでなく、この四天王らしくない法隆寺の四天王像も鎧を纏っていることだった。

ぐりぐりねじったベルトの下に金箔が面で残っている。どんな文様だったのだろう。

法隆寺金堂四天王像の先祖は←
関連項目
白鳳展8 當麻寺四天王像は脱活乾漆
※参考文献
「国宝法隆寺金堂展図録」 2008年 朝日新聞社