藤ノ木古墳には石棺内に2体の男性が埋葬されていた。同展ではパネルとビデオでその埋葬の様子を再現していて、よくわかった。

藤ノ木古墳からも出土して注目されたが、これも朝鮮半島からの影響を受けて出現した金属製装身具類のひとつである。 ・・略・・
2双のうちの1双(A)は長さ38.4㎝、他方(B)は41.7㎝である。どちらも2枚の側板と1枚の底板で構成されるが、馬目順一氏の分類に倣えば2双ともⅡ群A型となり ・・略・・
線刻や列点による亀甲繋文で飾られているほか、小さいほうの履には円形と魚の歩揺を、大きいほうの履には木葉形の歩揺を、両足が擦れ合う内側を除く全面に針金で綴じ付けてあると解説している。1つの石棺に納められていた2組の履が、同じ亀甲繋文を別々の方法で作られていたのだった。
上の履Aが列点によって亀甲繋文を表し、亀甲の形が浮き出るように見える。下の履Bは、凸線によって亀甲繋文を形作っているように見えるが、よく見ると、凸点が繋がって線をなしているようだ。

飾履の構造についてみると、唯一群馬県谷ツ古墳出土の飾履例を除き、藤ノ木古墳の2双をはじめ形態の判明している履は、朝鮮半島出土履の分類上のⅡ群A型である。 ・・略・・
金銅板の装飾文様は上総金鈴塚古墳出土履に鱗状文が用いられているほかは、表現技法に線刻の種類や列点文など違いがあるものの、確認できる飾履のすべてが亀甲繋文で飾っていることが確認できるという。
熊本県江田船山古墳出土の履には藤ノ木古墳の金銅製履Bと同じく線刻によって亀甲繋文が形成されていた。「ばさら日本史」というウェブサイトの飾履を作るに、線刻でも列点文でもない方法ですが、飾履を復元していく過程が詳しく載っています。


亀甲繋文を用いていたらしいことがわかった。

※参考文献
「金の輝き、ガラスの煌めき-藤ノ木古墳の全貌-展図録」 2007年 奈良県立橿原考古学研究所附属博物館
「日本の美術445 黄金細工と金銅装」 河田貞 2003年 至文堂
※参考ウェブサイト
ばさら日本史の飾履を作る