お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2023/12/26

クレルモンフェラン ノートルダムドラソンプシオン司教座聖堂のステンドグラス


ノートルダムドラソンプシオン司教座聖堂について『図説ロマネスクの教会堂』は、クレルモン・フェランの大聖堂は、ロマネスクの建物を取り壊して、格段に大きな ゴシック式に建てかえられ町の中心に高く聳えているという。
その拡張の様子が堂内のパネルにあった。
クレルモンフェランノートルダムドラソンプシオン司教座聖堂の拡張の様子 堂内のパネルより

ゴシック様式と言えばステンドグラスだが、ここにはロマネスク様式時代のステンドグラスがある。
それは後陣側の地上階にあるので、

聖歌隊席の向こうを写そうとするが、ステンドグラスは内陣の向こうの放射状祭室にあるので、ここからはよく見えない

放射状祭室に祀られた聖人たち、左より、聖ゲオルギウス・聖オストルモワヌ(サンネクテールに同名の教会がある)・マグダラの聖女マリア・洗礼者ヨハネ・聖ボネ・聖女アンヌ(マリアの母)・聖女マルグリト・聖女アガタ・聖アルテモの中でも、サンタンヌ祭室のステンドグラスがロマネスク様式時代のステンドグラスという。
ノートルダムドラソンプシオン司教座聖堂の放射状祭室 堂内のパネルより


サンタンヌ祭室の中でも真ん中の列だけがロマネスク様式時代のステンドグラス。
The treasures of Romanesque Auvergne』は、朝、元司教の霊安室である聖アンヌ礼拝堂を照らすステンドグラスの窓には、フランスで保存されている12世紀のステンドグラスの中で最も優れたグループの一つが含まれている。ロマネスク様式の大聖堂から採取されたこれらのステンドグラスの窓は1160-1200年に作られ、聖王ルイ (ルイ9世) が息子の結婚式のために寄贈したものと考えられている。1262年、後の勇敢王フィリップ3世がアラゴンのイザベラと結婚したのは、クレルモン大聖堂のクリプトだったという。
朝だったらもっと鮮やかに発色していたことだろう。

同書は、下から上、左から右に見ると、キリストの幼年時代、特に受胎告知が描かれている。キリストの誕生、賢者の礼拝、そしてエジプトへの逃亡などが描かれているという。

下から見ていくと、
最下段 左:受胎告知 右:羊飼いと天使 
二番目の段 左:キリスト降誕 右:キリストの神殿奉献
青い背景にわずかに赤が使われている。


3段目 左:マギ(東方の三博士)の礼拝 右:ここにも受胎告知?
4段目 左: 三人のマギたちにキリスト誕生を知らせる天使 右:天使に導かれ、キリストの誕生を祝いに旅立つマギたち
4段目だけが背景が赤

5段目 左:エジプト逃避 右:ヨルダン川での洗礼
6段目 左:不明 右:ペテロの逆さ磔刑

それより上は
7段目について同書は、シリーズの中では二つのパネルが際立っており、右側にはマンドルラに囲まれた威厳のあるキリストが、左側には緋色の炎が使徒たちの頭をなでる聖霊降臨が描かれているという。
右は栄光のキリストあるいは玉座のキリストと呼ばれている場面で、修復の象徴も描かれている。
8段目 左:十字架に架けられた白い鳥 右:聖母マリアの死。マリアの傍らにいるキリストはその魂が幼い女児となって、マリアが二体描かれている。後には幼い女児だけが描かれて、聖母被昇天と呼ばれる。
9段目 左:聖母マリア 右:聖母の戴冠
10段目 左:十二使徒の二人目 右:司教たち?
ノートルダムドラソンプシオン司教座聖堂のステンドグラス The treasures of Romanesque Auvergne より



関連記事

参考文献
「図説 ロマネスクの教会堂」 辻本敬子 ダーリング・益代 2003年 河出書房新社
「The treasures of Romanesque Auvergne」2010 Édition DEBAISIEUX