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忘れへんうちに 旅編では、中央アジア各地、イランの旅に続いて、フランス南西部のオクシタニー地方の旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2018/10/09

八瀬妙傳寺の菩薩半跏思惟像


京都の泉屋博古館の特別展「仏教美術の名宝」には見慣れない大柄な菩薩半跏思惟像が展観されていて、その部分の拡大写真や解説が別室に掲示されていた。
菩薩半跏思惟像 朝鮮・三国時代(7世紀) 銅造鍍金 高50.4㎝ 京都八瀬妙傳寺蔵
同展図録は、洛北八瀬の妙傳寺の本尊として渡来した像で、自伝では如意輪観音とされています。
近年、大阪大学を中心とする調査チームが蛍光X線分析を含む総合調査を実施し、この像を7世紀の貴重な渡来仏であると結論づけました。平成29年1月には、このことが新聞やニュースでも大きく取り上げられ、静かな八瀬の山里は一躍脚光を浴びることとなりました。
本像の伝来を示す記録はなく不明ですが、しかし像が制作されたであろう7世紀の近江、大津には多くの渡来人が居住していたことが知られています。また667年には、天智天皇によって大津に都が移され、多くの寺院が建立されました。大津京の時代は、わずか6年足らずでしたが、この時期の大津周辺では大陸との活発な交渉の中で異国的で華やかな仏教文化がもたらされた可能性は高く、それが紆余曲折を経て八瀬に伝わったということも多いに考えられるでしょうという。
非常に装飾的な仏像である。左膝下の三段に繰り返されるU字形の衣文など、衣褶によってで裙の薄くて柔らかな布が表され、左右の衣端の上下逆に翻るのが特徴的。
そして頭飾から垂れるもの、瓔珞などのほとんどが2列の数珠である。

同展図録は、近年、朝鮮半島からの渡来仏として新たに紹介された像。別鋳の台座は失うが、大型の半跏思惟像で、作行きも優れ、特に宝冠や装身具の精緻な作りが注目される。宝冠は頂にパルメット形の光焔を発する宝珠をつくり、その下に合掌形の化仏、側面のパルメット飾には、冠繒を銜える獅子頭を飾るという。
宝冠は三面頭飾でもない、不思議な形。中央の岩窟のような中に化仏が坐す。
小さな半球にパルメットが飾られたものが頂部にあるのも特異な例だろう。
側面の獅子頭は上にパルメットがついているが、このようなものが、後に四天王像などの肩に獅子噛として表されるようになるのかも。
もう少し大きくしてみると、化仏の左右脇の飾りが纏のように見える。

同展図録は、穏やかな面相やのびやかな体躯に、韓国国宝78号半跏像(韓国国立中央博物館所蔵)と共通する要素が見られることも指摘されているという。

半跏思惟像 三国時代(6世紀後半)金銅 高82㎝ 国宝78号 韓国国立中央博物館蔵
『ほほえみの御仏展図録』は、高句麗あるいは新羅とする見解が多く発表されている。
表情がやや厳かで、思索に深くふけていて求道者の精神的な苦悩を感じさせ、かつ礼拝者を神秘的な雰囲気に引き込むという。
顔貌にはかなりの違いがある。
宝冠にはパルメットのような装飾が見られる。三面頭飾には見えないが、それぞれの区画内には三段の宝珠が表されているのだろうか。これが立体的に表されているのが、妙傳寺本の頭飾かも。
宝冠は上端が若干破損しているが、当初は日月飾であったと推定されている。頸には幅広い逆三角形の頸飾をつける。これは幾つかの四角に区画され、その中には丸い装飾紋が施されている。これと同様の装飾紋は両手の手首につけた碗釧と上臂につけた臂釧にもみられるという。
それともこれが日月飾?

妙傳寺像について『仏教美術の名宝展図録』は、上半身は、左肩から帯で吊す薄衣を着し、胸飾から垂れる瓔珞の先には、複数の小鈴を漬けた独特の大きな珠飾が付く。また組んだ右膝には、龍文を意匠した大きな円形飾を置き、両肩から垂下する瓔珞と下方に垂下する瓔珞を受けている。このように様々な装身具に飾られた本像は、簡素な装飾が多い半跏思惟像の中にあっては異色の作ともいえる。しかし各部の装飾意匠は、6-7世紀にかけての中国や朝鮮半島の作品に類例を見いだすことができ、中国の影響を受けた三国時代の作と考えるのが妥当であるという。
左肩から右脇へと斜めに着た僧祇支は、左上の2本の衣褶線で布帛を身に付けていることを知る。
頸飾から鎖状のものが出ていること自体が珍しく、その先の小鈴をつけた珠飾というのも見たことがない。
また、瓔珞をまとめる辻金具に龍文が浮彫あるいは鋳造されているのは初めて見た。大抵は静嘉堂文庫美術館蔵金銅観音菩薩立像(北魏正光2年、西暦521年)のように、円形の平たい金具として表されているだけだ。山東省博物館蔵菩薩立像の円形飾が大きな半球形であることが記憶に残っている程度。
馬具の辻金具にはありそうな気がする。


同展図録は、細緻な装飾と優れた造形が一体となった像で、7世紀の東アジア仏像の流れを考える上での重要な作例と位置づけられようという。
細身なのに、側面から見ると結構お腹が出ている。腰部分の裙の幅が一様でないのも反って味わいがある。
両肩に掛かるのは蕨手状の垂髪ではなかった。
韓国国宝78号半跏像は肩に天衣を掛けているせいか、瓔珞などは表されない。幅広の布帛を各所で用いて優雅な雰囲気を醸し出している。

それは制作時期の違いだろうか?韓国国宝78号像は6世紀後半、妙傳寺本は7世紀につくられている。
しかし、数珠状の瓔珞は、中国では静嘉堂文庫美術館蔵金銅観音菩薩立像6世紀前半
)にすでに見られるものである。願主の好みということになるのだろうか。

                    →永観堂 紅葉は始まっていた

関連項目
X字状の天衣と瓔珞1 中国仏像篇
蓮華座4 韓半島三国時代
新羅時代の半跏思惟像

参考文献
「仏教美術の名宝展図録」 編集竹嶋康平・廣川守 2018年 公益財団法人泉屋博古館
「ほほえみの御仏ー二つの半跏思惟像ー展図録」 日韓半跏思惟像展示実行委員会 2016年 東京国立考古博物館