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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2018/03/02

ファーティマ朝のラスター彩陶器


初期ラスター彩をまとめ終えて、イランやイスラーム美術関連の書物を本棚に戻していた時、黒い背表紙の『Schätze der Kalifen Islamische Kunst zur Fatimidenzeit』という図録に気付いた。
両親がウイーン美術史美術館で見つけて買ってきてくれたもので、当時イスラーム美術に惹かれていた私にはありがたいものだったが、タイトルが『カリフの宝物 ファーティマ朝のイスラーム芸術』いうことくらいは分かっても、文が総てドイツ語で書かれているため、なので全く読めずに図版を見るだけに終わっていたものだった。
それを20年近くたって開いてみると、ラスター彩陶器がたくさん載っているので、その中から、古い時期で、面白い図柄のものを少し取り上げてみた。

『世界史リブレット76イスラームの美術工芸』は、イスラーム・ガラスのなかでも一際目を引くラスター装飾は、陶器に先駆けてガラスにほどこされた。
このあと、ラスター・ステインの技法は、9世紀にイラクに伝わり、多彩ラスターを生み、さらに、陶器にも応用され、イスラーム陶器でもっとも華やかなラスター彩陶器を登場させたという。
『世界美術大全集東洋編17』は、ラスター彩陶器は、9世紀頃からイラクやエジプトで制作され始めた。鉛釉に酸化錫を加えて造られた錫白釉の技法が確立したことによって、ラスター彩の技法も発展した。ラスター彩は、白釉陶器の上に、銀や銅の酸化物あるいは硫化物で絵付けをして、再度低火度の還元炎で焼成する彩画技法で、表面に金属的な光沢をもった被膜ができることによって、金属的な輝きを発する。金属的な発色は黄色に近い金色から、銅褐色の茶色までさまざまである。また初期ラスター彩には金、黄、茶などの複数のラスター彩が一緒に用いられた多色ラスター彩と、金または銅褐色1色を用いた単色ラスター彩があるという。
おそらくアッバース朝が衰えて、分立したファーティマ朝がラスター彩の陶工たちを首都カイロに呼び寄せて、エジプトでラスター彩陶器の制作を再開したのだろう。

ラスター彩陶器 10世紀 高8.8径28.2㎝ エジプト、アル・バフナサ制作 カイロ、イスラーム美術館蔵
船が見込みいっぱいに描かれている。漕ぐたくさんの櫂が船の下に出て、泳ぐ魚が上から見た構図で描かれている。

ラスター彩陶器 10世紀 高7.8径23.5㎝ エジプト制作 クウェート国立博物館蔵アル・サバーフコレクション
画面を三分割しているのはクーフィー体の同じ文で、その間に描かれているのは蕾だろうか。中心に三つ葉状のものがあるので、そこから伸びた植物を表しているのだろう。

ラスター彩キリン文皿 10世紀末-11世紀初 径24㎝ エジプト制作 アテネ、ベナキ美術館蔵
キリンは綱で繋がれ、綱を引く人も描かれているが、ラクダや馬のように荷役に適していると思えない。珍しい動物として飼われていたのだろう。その背後に樹木が描かれているのは、キリンが木よりも高いことを表しているのかな。 

ラスター彩皿 11世紀初 高6.5径21㎝ 
「ムスリム イブン アル・ダッハーン」の銘がこの文字のどこかにあるらしい。 
平面に描かれているのでメビウスの輪のように裏返っては見えないが、上下に交差して一筆書きの5点星のような帯を作っている。その中にはほぼ正五角形ができている。イスラームらしい文様である。

ラスター彩グリフィン文皿 11世紀 高6.8径29㎝ エジプト制作 カイロ、イスラーム美術館蔵
同じく「ムスリム イブン アル・ダッハーン」という陶工の署名があるというが、文字はグリフィンの前に書かれているだけなので、分かり易い。
グリフィンは鳥頭ライオン身で、嘴から何かが出ている。
くっきりとした発色と丁寧な描き方で、ガラス陶器博物館にあったニーシャープール出土のラスター彩鉢(10世紀)を思わせる。

ラスター彩陶皿断片 11世紀  径28㎝ エジプト制作 アテネ、ベナキ美術館蔵
口縁部には蔓草の巻きヒゲの中に、鳥が一羽ずつ、留まったり、啄んだりとそれぞれ異なる動きを見せる鳥が描かれて楽しい。見込みには細い区画に明確ではないさまざまな文様が置かれているらしい。

ラスター彩人面鳥文皿 11世紀 高7.5径27.2㎝ エジプト制作 カイロ、イスラーム美術館蔵
仏教の迦陵頻伽とは全然違う人面の鳥が、尾を交差させて振り向いている。何故しかめっ面をしているのだろう。その間から伸びているのはやっぱり生命の樹かな。

ラスター彩皿 11世紀 高6.3径20.5㎝ エジプト制作 クウェート国立博物館蔵アル・サバーフコレクション
4枚の蓮弁を中央に十字形ができるように配置して描かれている。蓮弁の葉脈は縦に通らず、小さな蓮弁を幾つか描き込んだように感じる。

ラスター彩陶器断片 11-12世紀 高7.2幅11.3㎝ エジプト制作 カイロ、イスラーム美術館蔵
エジプトでは古くに分離したキリスト教の一派、コプト教徒が暮らしているので、明らかにキリストとわかる正面向きの人物像が描かれたラスター彩陶器も作られたようだ。

6点星文のラスター彩皿 12世紀 高7径28㎝ エジプト制作 カイロ、イスラーム美術館蔵
見込みには6点星の中に鳥と蔓草が描かれる。幅広の口縁部には、アラビア文字と蔓草が丁寧に描かれている。コーランの章句だろうか。


ファーティマ朝(909-1171)が衰えた後、12世紀後半からラスター彩陶器の制作が始まるのがペルシアのセルジューク朝なのだった。
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、カーシャーンの陶工一族の祖先は、ラスター彩技法を独占してイスラーム地域内を移住していた陶工たちであったと考えられ、彼らは12世紀の70年代頃、ファーティマ朝エジプトからカーシャーンに至ったらしい。その移住の原因の一つにファーティマ朝末期の政治不安があったようであるという。
また、『世界美術大全集東洋編17』は、西方イスラーム世界のスペインでは13世紀初期からマラガで焼かれたとされている。確証はないが、ナスル朝におけるラスター彩陶器の起源は、おそらくファーティマ朝が1171年に滅亡した後に、移住してきたエジプトの陶工にあると考えられるということで、14世紀初期のアルハンブラの壺の図版をあげている。
ラスター彩の陶工には、エジプトから東に向かってペルシアに至った者たちと、西に向かってスペインに至った者たちの2つの集団があったのだ。


初期のラスター彩陶器はアッバース朝とファーティマ朝
                     →ラスター・ステイン装飾ガラス

関連項目
イランガラス陶器博物館でラスター彩の制作年代を遡ると
日本の迦陵頻伽

参考文献
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」 1999年 小学館
「世界史リブレット76  イスラームの美術工芸」 真道洋子 2000年 山川出版
「Schätze der Kalifen Islamische Kunst zur Fatimidenzeit(カリフの宝物 ファーティマ朝のイスラーム芸術)展図録」 1999年 ウイーン美術史美術館