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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/06/13

サーマーン廟のスキンチはイーワーンに


私が見たかったジョルジール・モスク(10世紀)を知ったのは、『イスラーム建築の見かた』という本だった。サーマーン廟と同じ頃、ドームの移行部だけでなくイーワーンにも同じような曲面が現れるという。
その曲面という言葉は、ムカルナスを指していると思っていた。その図版がこのようなものだったから。

それはイスファハーンにあったが、現地で見たものは両側の壁面から奥まった位置にあった小さなイーワーンで、上の図版はその一部分だった。
同書は、イランのイスファハーンにあるジョルジール・モスクのイーワーン(前面開放広間)を見ると、サーマーン廟のスクインチ・アーチの内部と同様な構成が見られるという。
2枚のムカルナス曲面がイーワーンに収まって、どちらも中央よりに半アーチが付いている。ムカルナスよりも、この半アーチが上部を支える構造体だろう。

なるほどそれは、サーマーン廟(943年頃)のスキンチアーチ内の構造によく似ている。
サーマーン廟では装飾的な2つの花弁状の壁面の間に半アーチがわたる。スキンチアーチとこの半アーチ、そしてムカルナスの外側のレンガ積み部分が、ドームの1/8の荷重の多くを支えていて、ムカルナスは装飾でしかないように思われる。

サーマーン廟のスキンチの構造はまた、ブハラのマゴキ・アッタリ・モスク(10世紀創建、12世紀再建)のイーワーン上部とも似ていることは気が付いていた。
それについてはこちら

マゴキ・アッタリ・モスク 12世紀 ブハラ
焼成レンガを組み合わせた中央の幅広の帯は装飾であっても、その両側の矩形の素焼きタイルが2列に並ぶ半アーチが、上からの荷重を支える構造体なのだろう。
そう考えると、ジョルジール・モスクのイーワーン中央に開いた空間は、元は何かの装飾があったのが、今では失われてしまった可能性もありそう。
両側の壁面は全体でムカルナスの形になっているが、上部は蜘蛛の巣のようなものを棒状の素焼きタイル片でつくり、その下にもっと小さな文様を浮彫テラコッタが並ぶ。そして、その下は小さなムカルナスを積み上げている。が、白い箇所は後世の補修のよう。10世紀には、こんな風に小さなムカルナスを何層か積み上げるという装飾はなかった。ひょっとすると、その初現が、このイーワーンかも知れない。

『ペルシア建築』は、ブワイフ朝期(935-1055年)、シーラーズやイスファハンでは、一つの建築様式が成立しつつあった。イスファハンのジョルジール・モスクは、門だけ残しているが-また、仕上げ材料に専らプラスターを使っていたため、今ではゴールデン・アイボリー一色となり、他の色彩は認められないが-記録によれば甚だ華麗な建築だったという。
どうも焼成レンガには見えないと思っていたら、プラスターで仕上げてあったのだ。生命の樹が複雑な区画の中に4本表されている。
サーマーン廟のムカルナス
場所によって漆喰面が見えるものもあるが、このムカルナスは平レンガをヘリンボーン状に積み上げてあり、それがいくばくかの荷重を支えているのかも。
マゴキ・アッタリ・モスクのムカルナス状曲面はもっと装飾的。この下には小さなムカルナスが3段積み重なっている。

正方形からドームの円形を導く工夫として、四隅にスキンチ・アーチを造り、それを支えるために生まれたのがムカルナスという蓮弁のような小曲面だと思っていたが、どちらかというと装飾っぽいのだった。
そして、サーマーン廟のスキンチ全体が、イーワーンの構造と化していったらしい。

              →スキンチ部分のムカルナスの発展

関連項目
ジョルジール・モスクのムカルナスを探して
ムカルナスの起源
マゴキ・アッタリ・モスク1 ソグドの文様とイスラーム文様
ウズベキスタンの真珠サーマーン廟2 内部も美しい

参考文献
「イスラーム建築のみかた 聖なる意匠の歴史」深見奈緒子 2003年 東京堂出版