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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/03/08

ホジャ・アフマド廟以前の浮彫青釉タイル


サマルカンドのシャーヒ・ズィンダ廟群の一番奥にあるホジャ・アフマド廟は廟群の中でも、14世紀半ばという現存最古に近い廟だが、その施釉浮彫タイルに覆われた外観は圧巻である。

どうもこのような施釉浮彫タイルは、空色嵌め込みタイルとは別の系統にあるのではないだろうか。
施釉浮彫タイルを探してみると、


マゴキ・アッタリ・モスク南入口イーワーンの外枠 12世紀 ウズベキスタン、ブハラ
『中央アジアの傑作ブハラ』は、1930年に、考古学者は12世紀にさかのぼるモスクの南入り口を発掘した。入り口は、レンガ及びマジョリカでできたユニークな飾りで飾り付けがされているという。
青釉浮彫タイルで、一重に渦巻く蔓草を地文としたアラビア文字の銘文を表している。
一重に渦巻く蔓草文とアラビア文字の銘文についてはこちら
釉薬をレンガに用いることが一般的になったなら、浮彫焼成レンガに施釉した方が、青色タイルの小片を組み合わせるよりも簡単になる。文様も細かくできるし。

ナマズゴフ・モスク 1119年 ブハラ郊外
『LUMIERE DE LA PROFONDEUR DES SIECLES』は、アルスランハンはブハラの街の傍に、新たなナマズゴフ・モスクを建造することにした。この時代には確立していた祝祭用モスクの典型的な例を示したという。
『ウズベキスタンの歴史的な建造物』は、ナマズガ・モスクは2つのイスラム教の休日のクルバンとラマダンだけで使用される特別なモスクであるという。
このような装飾のあまり残っていない建物のどこかに、青釉浮彫タイルのアラビア文字の銘文が嵌め込まれているらしい。
白くなっている部分も多いが、製作当時は文字も蔓草も青釉がかけられていたらしいが、地には釉薬が残っていない?地に釉薬を着けずに焼くのも難しいと思うのだが。

ヴァブケントのミナレット 1197年 高さ38.7m地盤の直径6.2m、先端の直径2.8m ウズベキスタン
『LUMIERE DE LA PROFONDEUR DES SIECLES』は、カリャン・ミナレットは、ブハラオアシスでその後20世紀初頭までの間に建造された全てのミナレットの原型となった。
その最も古いミナレットはヴァブケント・モスクの近くにあるミナレットで、1197年にさかのぼる。カリャン・ミナレットとほぼ同じ構造だが、もっとほっそりして優美な姿であるという。
『中央アジアの傑作ブハラ』は、建築家バーコの弟子のひとりによって建築されたという。
焼成レンガの平面で構成したムカルナスに浮彫の残るものがある。ひょっとすると、このような平レンガに漆喰などで浮彫装飾を施していたのかも。
ムカルナスの上の八角形を含んだ浮彫レンガに丸い突起が嵌め込まれているが、右端には青い色が残っている。
そして、ムカルナスの下には、蔓草を背景にアラビア文字の碑文が表された浮彫青釉タイルの文様帯は、はっきりと地にも施釉されているのがわかる。
その下には、幅広の8点星の中に浮彫青釉タイルが嵌め込まれている。

青釉ミフラーブ形タイル セルジューク朝、12-13世紀 イラン出土 31.2X22.5X2.5㎝ 個人蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、モスクの壁に設けられたメッカの方向を示す窪み、ミフラーブを表したタイルが墓標などに用いられた。銘文にはコーランの章句や被葬者への言及と年記をともなうことが多いという。

ハリザ・チャシュマ・アユーブ 1208年 ウズベキスタン、ヴァブケント地方
同書は、アユーブの名をもつ泉の傍に、11世紀の偽墓(カダム・ゴフ)があり、その隣に壁龕-ミフラーブ型の記念モスクがある。石膏と浮彫焼成レンガの素晴らしい装飾、そして青釉タイルの幾何学的な意匠で溢れている。タンパンはイスラーム的なシンボル-鉤十字と歯形-で装飾されているという。
斜めからの図版しかないが、おそらイーワーン内頂部は、ブハラのマゴキ・アッタリ・モスク南入口上のイーワーン頂部と同じ構造になっているようだ。そしてそれは、サーマーン廟内部のスキンチと同じ構造でもある。
コの字形には大小の八角形を組み合わせて8点星を作り出したような浮彫焼成レンガの文様帯が巡る。そして、その中には8点星の青釉浮彫タイルが嵌め込まれている。
そして一重に渦巻く蔓草文を地文様としてアラビア文字の銘文が表されている。
その蔓の細いこと。

コーニスの浮彫タイル 13世紀 イラン考古学博物館蔵
小さな作品のようで、建物のファサードを飾るような名工ではない工人が造ったのだろうか。
モンゴルの西征のためか、13世紀のものはあまり残っていない。


ナタンズのハーンカー又は僧院 イル・ハン朝、1316-17年 イラン
ミフラーブの下の方の円形を並べたような装飾に面白いものを見つけた。
型成形のようだが、肥痩のある曲線の美しいテラコッタである。
施釉はされていないが、非常に細かい浮彫の焼成レンガは、すでにアイシャ・ビビ廟(カザフスタン、タラス、12世紀)に見られるものだが、14世紀前半になると、非常に繊細な細工になるのだなあ。

このように優れた浮彫の技術に、施釉して焼成する技術が加わり、ホジャ・アフマド廟以降のシャーヒ・ズィンダ廟群に次々と施釉浮彫タイルで飾られた廟が建てられた。
しかし、巨大な建造物がバンナーイという焼成レンガ地に、施釉タイルで神や預言者の名前を大きく表す方法がとられるようになって、せっかくの素晴らしい施釉タイルは次の時代に受け継がれることはなかったのだ。

※参考文献
「COLOUR AND SYMBOLISM IN ISLAMIC ARCHITECTURE」 1996年 Thames and Hudson Ltd.London
「LUMIERE DE LA PROFONDEUR DES SIECLES」 1998年 Charque
「中央アジアの傑作 ブハラ」 SANAT 2006年
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」 2003年 岡山市立オリエント美術館
「イスラーム建築の世界史 岩波セミナーブックスS11」 深見奈緒子 2013年 岩波書店