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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/01/29

渦巻く蔓草文の絵付けタイルの起源は



ヒヴァの絵付けタイルは、幾何学文もすごいが、なんといっても密に渦巻く蔓草文が印象的だった。
製作年代は19世紀以降と下るが、青と白、部分的にトルコブルーという、全体を見ると青と白で、日本風に言えば染付、中国では青花が、しかも小さな器ではなく、広い壁面に貼り巡らされていた。
その文様の完成度から、突然ヒヴァに出現したとは考えられない。その起源を知りたい。

年代順にみていくと、

① クニャ・アルク、謁見の間のタイル1 パネル コバルトブルー・白・トルコブルー 1804年
同心円かと思うほど等間隔で蔓が四重に渦巻いている。そして一つの渦巻の斜め四方から別の渦巻が一番中側の蔓まで接して重なるという、重厚な文様となっている。

② クニャ・アルク、謁見の間のタイル2 文様帯 コバルトブルー・白・トルコブルー 1804年
左右対称に細い蔓草が二重に渦巻く。外側の蔓は太い節で枝別れして別の渦巻を作っていくが、その節には別の節から出た蔓が小さく二重に渦巻いて絡みついている。

③ パフラヴァン・マフムド廟、ハナカのタイル1 パネル コバルトブルー・白・トルコブルー・黄・赤 1810年
写し方によっては茶色く見える細い線を密に描いた組紐などに黄色が、花文には赤が使われている。
中央の花文から出た蔓草は、クニャ・アルクの謁見の間のものよりも自由に渦巻をつくっている。黄色い組紐の枠など関係なく蔓は伸びていく。

④ パフラヴァン・マフムド廟ハナカのタイル2 パネル コバルトブルー・白・トルコブルー・黄 1810年
②と比べて渦巻の密度が高い。また露が非常に多い。

⑤ パフラヴァン・マフムド廟ハナカのタイル3 パネル コバルトブルー・白・トルコブルー・黄・赤 1810年
ここでは蔓は黄色い組紐の枠の中で左右対称に渦巻いている。

⑥ クニャ・アルク、モスクのタイル1 パネル 1825-42年
三重に渦巻く蔓草が、クニャ・アルクのタイルのようにコンパスで描いたような同心円状ではなく、フリーハンドで、自由に描いたよう。その中に多数の小さな蔓が伸びて渦巻をつくっている。

⑦ クニャ・アルク、モスクのタイル2 パネル 1825-42年
縦に並んだ花文で交差した蔓は二重の渦巻をつくる。②の蔓草を複雑にしたというだけではなく、蔓に躍動感がある。

⑧ タシュ・ハウリ宮殿、ハンの間のタイル1 パネル 1832-38年
コバルトブルーの組紐で仕切られた幾何学文様の中で蔓は左右対称に渦巻いている。左右に離れた2つの枠では、反転した左右対称となっている。

⑨ タシュ・ハウリ宮殿、ハンの間のタイル2 文様帯 1832-38年
蔓は大きく或いは小さく渦を巻き、左・中央・右へと位置も変え、更に途中で括れて方向を変えて別の渦を巻くなど、どんな法則性をもっているのかと思うほど自由に描かれている。

⑩ タシュ・ハウリ宮殿、妃の間3 パネル
組紐によって作られた枠を越えて、中央から出た蔓が右に左に、上に下に伸びて大きな二重の渦を巻いている。

後日訪れたウズベキスタン国立美術館では、こんなタイルが1点展示されていた。すごくヘタな写し方をして、下がすぼまって見えるが、ほぼ正方形のタイル。

建築装飾 19-20世紀 ヒヴァ、マダミン・ハンのメドレセ出土 ウズベキスタン国立美術館蔵
残念ながら観光地図には載っていない、今は存在しないメドレセのよう。マダミン・ハンもよくわからない。
文様としては、渦の巻き方は穏やかで、トルコブルーは入っていないが、②のクニャ・アルク、謁見の間のタイルに近い。

アラビア文字の銘文の地文に一重に渦巻く蔓草文を描いたものは、ウズベキスタン以外でも古くから見られた。


銀盤 イラン・セルジューク朝、1066年 制作地イラン ニエロ 高さ6.6径43.8㎝ ボストン美術館蔵
『世界美術大全集東洋編17イスラーム美術』は、この銀盤は、打出技法で器形が造られ、それから線彫とニエロ技法を用いて装飾が施された。中央にはクーフィー書体でスルターン・アルスランの名前が彫られている。彫りは浅いが、ニエロを使い黒い地に仕上げているので、銀色とのコントラストが文様を浮き出させているという。
葉の多い蔓草が四重に渦巻いて、①の同心円状の渦巻を思わせる。
しかしながら、一重に渦巻く蔓草文は、現在のところサマルカンド歴史博物館に展示されている壁画断片(カラハーン朝、10-12世紀)の、アラビア文字の銘文とは関係がないものである。

見学した範囲内でのことだが、一重に渦巻く蔓草文がウズベキスタンで見られる最後のものは、

一重に渦巻く蔓草文 ウルグベク・メドレセ、ファサードの小イーワーン サマルカンド 1414-1420年
細い蔓草がゆったりと渦巻きながら横に伸びていくというもの。 

もっと複雑に渦巻く蔓草文は、サマルカンド14-17世紀の廟やメドレセでも見られた。その最後のものは、

二重に渦巻く蔓草文 ティリャカリ・メドレセ、ファサードイーワーン上 1647年 
トルコ・ブルーの蔓草は渦巻ながら枝別れして次の渦巻をつくっていく。
一方、花文やそれに付属するアラビア文字のあるカルトゥーシュや小さな花文から出た白色の蔓は、大きくうねりながらトルコ・ブルーの蔓草の描く渦巻の中に入り込んだり、或いはその外側で弧を描く。
その上、黄色の蔓草は大花文左斜め下の小円花文の先から左右対称に伸び、枝分かれしながらトルコ・ブルーの蔓草の渦巻の中に入り込んだりする。

ということで、19世紀初頭に見られるヒヴァの染付タイルの渦巻完成度の高さはどこからきたものかが分からないのだった。

ただ、染付タイルに関しては、ヒヴァ以前にスシュガルのイスラームの墓廟に見られる。

香妃廟の装飾タイル 17世紀
『中国のタイル』は、古くは仏教徒が住んでいたカシュガルに、10世紀頃、イスラム系のホージャー族が移住し、17世紀に一族のための広大な陵園をつくった。この廟のなかには、建築年代はそれぞれちがうが、大門、墓室、講教殿、礼拝殿などが建つ。すべて瑠璃の青を基調としたタイルで装飾されているという。
上は蔓草文のようだが、文様が続いていないし、渦巻いてはいない。
下は波状唐草で、中に三葉の開いた葉が表される。その間の文様帯は幾何学文。
これが中国産のタイルなのか、中央アジアから請来されたものなのかを知る手がかりがないが、どれも熟練した筆致とは言い難い。

                      →シャディ・ムルク・アガ廟に染付タイル

関連項目
クニャ・アルクのタイル1 謁見の間
クニャ・アルクのタイル2 モスク
タシュ・ハウリ宮殿のタイル1 幾何学文と植物文
タシュ・ハウリ宮殿のタイル2 幾何学文だけ
タシュ・ハウリ宮殿のタイル3 植物文だけ
アラビア文字の銘文には渦巻く蔓草文がつきもの
イーワーンの上では2本の蔓が渦巻く
一重に渦巻く蔓草文の起源はソグド?

参考文献
「中国のタイル 悠久の陶・塼史」 山本正之監修 1994年 INAXブックレット