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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2015/12/08

マゴキ・アッタリ・モスク3 浮彫青釉タイル 


マゴキ・アッタリ・モスクは、ブハラの旧市街の中では最も古い建物である。

『ウズベキスタンシルクロードのオアシス』は、10世紀の建築。アラブ襲来以前はバ ザールとして利用され、ゾロアスター寺院もあった。現在は絨毯博物館となっている。マゴキとは穴という意味。1936年、ロシアの考古学者シシュキンが砂 の中に埋もれていた寺院を掘り出し、周囲を5mほど掘り下げた穴の中にあったのでその名が付けられたという。

『中央アジアの傑作ブハラ』は、 アラブ人がブハラに侵入した時、モスクに変えられた月の寺院及び日の寺院を除いて、すべてのゾロアスター教の寺院が破壊された。そして、月の寺院が現在のマゴキ・アッタリ・モスクに、日の寺院は現在のサマニー族の廟になった。
1930年に、考古学者は12世紀にさかのぼるモスクの南入り口を発掘した。入り口は、レンガ及びマジョリカでできたユニークな飾りで飾り付けがされている
マゴキ・アッタルは、地元のモスクとして使われていた。その入り口は、リャビ・ハウズに向かっていた。上部が鍾乳石で飾られているアーチは、モスク前部入り口として残っている。
アーチは青くて緑色のマジョリカで飾り付けをされているという。

青釉浮彫タイルで、一重に渦巻く蔓草を地文としたアラビア文字の銘文を表している。
一重に渦巻く蔓草文とアラビア文字の銘文についてはこちら
12世紀に浮彫施釉タイルはあったかな?

ところで、12世紀には浮彫青釉タイルはあった。

大モスクタイル装飾 1158-60年 イラン中部アルディスタン
『イスラーム建築の世界史』は、植物文様の中に、文字文様の部分だけに青いタイルを 用いる。トルコ・ブルーは銅を含む釉薬をかけて低温焼成することで発色する。当初は煉瓦地に、釉薬をかけた青いタイルが部分的に挿入された。次第に鉛で発 色する白色も使われる。煉瓦に浮彫を施し、高い部分に釉薬をかけると、彫り削られた部分が陰影となり、鮮やかな色彩が浮き出す効果をもつという。
12世紀といえば、まだ文字にのみ施釉していた時代だし、渦巻く蔓草文でもない。

青釉文字文フリーズタイル セルジューク朝、12-13世紀 23.9X33.4X1.5~3.0㎝ イラン出土 個人蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、セルジューク朝時代末期から色鮮やかな青釉タイルが多くなった。これは石英分の多い、粒子の荒い白い胎土にアルカリソーダ系の釉をかけて、含まれる銅の成分を青く発色させたもので、それまでの鉛釉陶器では銅は緑に発色する。
フリーズタイルは、建物の内壁で腰羽目の上縁に沿って水平に連なり、アラビア文字銘や植物文などを連続的に表したという。
マゴキ・アッタリ・モスクの青釉タイルと比べるまでもなく、図柄が大き過ぎる。

コーニスの浮彫タイル 13世紀 イラン考古学博物館蔵
マゴキ・アッタリ・モスクの浮彫は型成形っぽいが、これは手彫りだろう。

それに、この蔓草文は渦巻いてはおらず、二重の同心円文のよう。かなり時代は下がるのでは。


          マゴキ・アッタリ・モスク2 漆喰装飾
                          →ウズベキスタンのイーワーンの変遷

関連項目
ホジャ・アフマド廟以前の浮彫青釉タイル
マゴキ・アッタリ・モスク1 ソグドの文様とイスラーム文様
マゴキ・アッタリ・モスク
イーワーンの変遷
浮彫タイルは浮き出しタイルとは別物
漆喰装飾を遡る
アラビア文字の銘文には渦巻く蔓草文がつきもの

※参考文献
「ウズベキスタン シルクロードのオアシス」 萩野矢慶記 2000年 東方出版
「中央アジアの傑作 ブハラ」 SANAT 2006年
「聖なる青 イスラームのタイル」 INAXBOOKLET 山本正之監修 1992年 INAX出版
「砂漠にもえたつ色彩 中近東5000年のタイル・デザイン展図録」 2003年 岡山市立オリエント美術館
「イスラーム建築の世界史 岩波セミナーブックスS11」 深見奈緒子 2013年 岩波書店