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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2015/10/02

白鳳展2 透彫灌頂幡の飛天


白鳳展では、法隆寺献納宝物の金銅灌頂幡が4点出ていた。本来は縦に6枚繋いで吊り下げていたことが、『法隆寺宝物館』の図版でわかる。

法隆寺の灌頂幡 白鳳期、7世紀中頃-末頃 銅製透彫鍍金 法隆寺献納宝物N058 東京国立博物館蔵
『法隆寺宝物館』は、法隆寺献納宝物には数多くの染織製や金銅製の幡が含まれている。なかでも灌頂幡は法隆寺献納宝物を代表する名品で、天平19年(747)の『法隆寺伽藍縁起并流記資材帳』に「金泥銅灌頂壱具」と記されたものにあたり、その名もこれに由来する。四角い傘形の天蓋から6枚1連の大幡と小幡4組をつり下げ、各部に精緻な透彫りと流麗な毛彫りで如来三尊像や供養菩薩、奏楽天人などを表している。縦長の坪の形や細部の意匠の特色からみて、7世紀後半のいわゆる白鳳期に制作された可能性が高いという。

『白鳳展図録』から、薬師寺東塔水煙の飛天に近いものをみると、

幡身第5坪 長76.7幅33.4㎝
『白鳳展図録』は、いずれも天人あるいは唐草文様を、銅板を透彫し毛彫を加えて表し、鍍金を施している。
第4坪には香炉を持す天人を2体、下方に舞踏、また笛を吹く天人を1体ずつ配置する。第4坪の意匠は第5坪でも繰り返され、第1坪に安置された如来像を中心とする仏菩薩とともに浄土を現出するという。
上部では、横向きの天人は、体を曲げ、脚を上に残して天から舞い降りながら、右手に香炉を持ち、良い香りを蒔き散らしているよう。
中段の飛天は、踊ったり笛を吹いたりしている天人たちに香りを降り注ぐべく、その上空に体を横向きにして浮かんでいるかのよう。
登場する天人たちはみな、顔に丸みがある。

金銅四隅小幡
『白鳳展図録』は、施入者の「片岡御祖命」については所説あるが、聖徳太子の娘の片岡女王(生没年未詳)にあたると考えられる。本品の制作年代は、大幡の縁金具と百済観音像の臂釧・腕釧における唐草文様の意匠構成、また法量も一致することが確認されており、制作の時期が近接することが指摘される。本品はその制作に長い期間を要したと考えられ、各部位は制作年代を異にする説も提出されており、7施中頃から末頃にかけて制作されたと推定できるという。
左側の部分
上坪の天人は斜め右を向き、毛彫りでその表情や着衣を表し、両腕を広げる。下坪の天人は蓮台の上に結跏扶坐し、横笛を吹く。
どちらも細身であるが、大幡よりも自然な人体表現となり、やや遅れて制作されているのではないかと思う。
そして、東博の法隆寺宝物館(2016年3月14日まで休館中)にはこれらの上にのる天蓋がある。区画の制約のあるなか、横向きに宙に浮く飛天が多いが、それぞれ横笛・筝・鈸などを奏でている。

『法隆寺宝物館』は、幡は仏堂内の天蓋や柱に懸けたり、境内に立てた竿の先に懸けて用いられる荘厳具の一つである。本品のように天蓋を伴うものを灌頂幡と称するが、この「灌頂」は密教の儀式とは異なり、古代インドで国王等の即位の時に四大海の水を注ぎかけて祝福したという風習が仏教に取り入れられたものという。

灌頂幡図解

また、白鳳展ではもう少し小さな金銅製透彫幡も展観されていた。獅子に合わせたのだろうか、横向きに配置されていたので、仏や天人を見るのは困難だった。周りの人たちも「見難いなあ」「分かりにくいなあ」と言いながら見ていた。

金銅小幡 白鳳期、7世紀末 金銅透彫鍍金 長304.0幅11.5-12.0㎝ 法隆寺献納宝物N060 東京国立博物館蔵
同書は、幡身は全体で7坪あり、第2坪から第7坪までは同程度の大きさであるが、第1坪のみやや大きい。各坪は銅板を透彫し、そこに毛彫を施すことによって文様を表し、鍍金を施し荘厳する。坪部は内外2条の帯と唐草文様とにより構成される縁部を設け、その内部には如来立像、如来坐像、菩薩立像、横笛を吹くかあるいは散華する天人、獅子を配する。いずれも部分的に彩色が点じられており、眉や目は墨、口唇は朱、頭髪部は群青の顔料が残る。
本品の一部の唐草文様には波状の刻線表現が見られ、これが法隆寺金堂の西の間天蓋に描かれた天人の戯画、阿弥陀三尊像(伝橘夫人念持仏)の蓮池など、法隆寺再建期の作品群に見られることから、7世紀末頃に制作されたと考えられるという。 

第1坪
上から天蓋、如来立像、左手に蓮華の蕾をのせる飛天は宙で寝そべっている感じ。その下に気を吐く獅子。拡大してみると、口中が赤く塗られ、歯は白い。
第5坪
上から蓮華に結跏扶坐する天人は正面を向いて横笛を吹く。その下では、下降姿勢の天人が左手に蓮華、右手に華籠を持ち、下の獅子の前肢に掴まれそう。
第6坪
上から、右手に蓮華の蕾、左手に蓮弁を持った天人は下降しながら顔は正面に向ける。その下では天人が結跏扶坐して横笛を吹く。その下の天人は手には中庭も持たず、地面に接触した模様。
薬師寺東塔水煙の飛天も顔の輪郭は丸いが少し違う。

ところで、頭を下にして飛翔する天人というのは、中国ではいつ頃からあるのだろう。とっくにまとめていたと思ったら、まだだった。

             白鳳展1 薬師寺東塔水煙の飛天
                      →白鳳展3 法輪寺蔵伝虚空蔵菩薩立像

関連項目
白鳳展5 法隆寺金堂天蓋の飛天
白鳳展4 金龍寺蔵菩薩立像
頭を下にして舞い降りる飛天

参考文献
「白鳳-花ひらく仏教美術-展図録」 2015年 奈良国立博物館
「法隆寺宝物館」 1999年 東京国立博物館