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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/08/22

蓮華座2 法隆寺献納金銅仏



蓮華座について法隆寺献納金銅仏でみていくと、

152号如来立像台座 7世紀半ば 35.1㎝
同書は、極めて異色の服制を示している。台座も八角框の角を正面にするなど他に例を見ない。おそらく朝鮮半島の彫刻様式を直接受けて制作されたものであろう。相対に稚拙なところが見受けられるが、わずかに肉身部の表現に抑揚が付されていて、7世紀半ば頃の作品と考えられるという。
素弁の反花には明確な稜線があり、下側の蓮弁にも稜線ははっきりと表されている。

150号如来立像台座 7世紀後半 33.7㎝ 
『法隆寺献納金銅仏展図録』は、止利様式の諸像に比べると表現がかなりおとなしくなっている。衣の襞も止利式諸像と同形式ながら整えられた感が強く、飛鳥時代も後半に制作されたことを示唆しているという。
ふっくらとした素弁の反花は、143号脇侍菩薩の蓮華座の蓮弁によく似ているが、こちらの法が表現が落ち着いている分、制作年代が下がるようだ。

175号観音菩薩立像台座 7世紀半ば以降 38.3㎝ 
『法隆寺献納金銅仏展図録』は、古様な表現が残っているが、特に天衣の縁やひだの稜、蓮華座のへりの部分などにさかんに打たれた複連点文は、特殊タガネによる新式の装飾技工として注目されるという。
『日本の美術359蓮華紋』の「屋根を飾った蓮華紋」で、軒丸瓦の蓮弁と比較していると、瓦の蓮華紋が台座に応用されたのではないかとさえ思う。
この蓮弁には子葉があり、単弁となっている。単弁の蓮弁が瓦に登場するのは山田寺が最初で、山田寺式単弁蓮華紋と呼ばれている。その文様についてはこちら
山田寺式単弁蓮華紋はこの台座の蓮弁と比べると細いが、それは軒丸瓦という狭い空間に8枚もの蓮弁を収めるためだろう。山田寺の創建が641年前後なので、この像は7世紀半ば以降の制作ということになるだろうか。


172号観音菩薩立像台座 7世紀後半以降 44.3㎝ 
『法隆寺献納金銅仏展図録』は、わずかに腰を右にひねりながら、左足を踏み出す姿につくられる。パルメット文をあしらった幅広の頭飾や、体前面にかかる大ぶりな瓔珞も花やかなもので、こうした作風は中国の北周から隋にかけての様式をうけて成立したものと考えられているという。

蓮華座は受花が子葉のない素弁、反花が子葉のある複弁になっている。
『日本の美術359蓮華紋』は、7世紀後半以降、奈良時代を通じて複弁八葉蓮華紋が軒丸瓦の瓦当紋様の主流となるという。

176号観音菩薩立像台座 7世紀後半 高さ38.0㎝ 
受花も反花も複弁になっている。
『法隆寺献納金銅仏展図録』は、瓔珞や胸飾、衣文の構成でもいっそう花やかになり、丸タガネによる魚々子、特殊タガネの複連点文などタガネによる装飾も細かくなっている。また衣の縁裂の部分に連珠文が打たれているが、これはイラン起源の文様で、中国では隋代からあらわれ、日本では7世紀後半から流行する、白鳳時代の特徴的な文様であるという。
複連点文や魚々子については同像をe国宝で拡大して見ることができます。それについてはこちら
イラン起源の文様というのは、今ではソグドの文様とされている連珠円文のことで、それも同サイトの画像を拡大していくとよく見えるが、その解説には半截九曜文となっている。
ソグドと連珠円文についてはこちら

162号菩薩半跏像台座 7世紀半ば以降 30.8㎝
同書は、全体からうける印象に飛鳥彫刻に見られたような厳格さは薄れている。7世紀半ば以降に制作されたものであろうという。
受花・反花共に子葉の高い複弁となっている。その上、受花と反花の間に敷茄子があり、176号よりも後につくられたのではないかと思える。


178号観音菩薩立像台座 7世紀後半 36.9㎝ 
同書は、右足をわずかに踏み出しながら体をひねった動きのある姿勢で、幅広の蓮華座上に立つ。中国初唐様式の影響を受けた新しいもので、鋳造技法もかなり進んだ精巧なものという。
隋の影響を受けたという176号はどちらも複弁なのに、初唐の影響を受けて時代が下がるはずのこの像は、受花は単弁になっている。当時蓮弁は様々な組み合わせがあり、依頼主の好みが反映されたのかも。


173号観音菩薩立像台座 8世紀 27.5㎝ 
同書は、台座下半部は木造後補という。
受花は先の細くなった単弁で、175号のものとは趣を異にするのは制作年代の差だろうか。時代の流行とは別に単弁のものを好む人もいたのだ。

184号観音菩薩立像 8世紀 35.0㎝ 
同書は、三面頭飾や胸飾の形式は山田殿の脇侍のものに共通しているが、姿態のやわらかな表現は、さらに強調されており、隋代の様式を反映したと思われる。裳や天衣の縁、蓮肉のへり、框座のへりや格狭間の周囲にそって、複連点文を打っている。また蓮弁は銅板を放射状蓮弁形に切りぬいたものを2枚、枘で蓮肉部分で固定しているという。
178号のように、7世紀後半のものに初唐期の様式が採り入れられているのに、この像のように8世紀になっても隋時代の様式を採用したものもある。
薄い蓮弁が取りつけられているという点で、法隆寺金堂釈迦三尊像の脇侍と共通するが、制作年代はこの像の方が下がるとは。
蓮弁は複弁が他の文様と同様に描かれるのみとなっている。

新来の文様や技術が採り入れられたり、古い様式のものが依然として用いられたりと、台座を制作年代順に並べるのも一筋縄ではいかない。工房によって蓮華座が異なっていたのだろうか。

     蓮華座1 飛鳥時代←  →蓮華座3 伝橘夫人念持仏とその厨子

関連項目
蓮華座4 韓半島三国時代
蓮華座5 龍と蓮華 
連珠円文の錦はソグドか
蓮華座6 中国篇
蓮華座7 中国石窟篇
蓮華座8 古式金銅仏篇
蓮華座9 クシャーン朝
蓮華座10 蓮華はインダス文明期から?
蓮華座11 蓮華座は西方世界との接触から

※参考サイト
e国宝観音菩薩立像

※参考文献
「日本の美術359 蓮華紋」 上腹真人 1996年 至文堂
「法隆寺献納金銅仏展図録」 1981年 奈良国立博物館蔵
「日本の美術391 鬼瓦」 1998年 至文堂