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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/04/18

アクロティリ遺跡の壁画3 舟行図



アクロティリ遺跡の西の家は二階建てで、窓や出入り口などの木枠が印象的な外観だ。
2階では、部屋の3面上部を飾る長いフリーズ(下図e・f・g)を初め、様々なフレスコ画が発見されていて、アテネ国立考古博物館に収蔵されている。
しかしながらアテネ国立考古博物館では、あいにく日曜日だったからなのか、いつものことなのかわからなかったが、展観されていなかった。

第5室の平面図
『ART AND RELIGION IN THERA』(以下『THERA』)は、入口から西壁に向かって入るので、北壁も南壁も、壁画は東から西に向かって描かれているという(下図の細い赤線)。
北壁と西壁は開口部の多い仕切りのある壁だったのだろうか。

その部屋の上部三方にフリーズ状の壁画があった。
この想像復元図では、北壁と東壁のフリーズが表されているが、それぞれ壁画の高さが異なっている。
また、平面図では分かりにくかったが、三方が腰壁、しかもその上は、西と北は仕切りのある開口部となっており、東は壁で塞がれている。

e:北壁フリーズ
『THERA』は、右から見ていくことになっている。下の方は船が何隻か描かれ、その1隻き船首の突起が壊れている。船に立っている人物は、ミノアあるいはエーゲ海特有の襞スカートを着ているが、おぼれている人たちは裸である。それは、ここには2つの異なる人種が登場していることを示唆しているという。 
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同じ場面の上側には、沿岸の居留地が表されている。男達はチュニックを着、婦人たちは毛羽だったスカートをはいている。人々は日々の仕事に従事ししている。、婦人たちは井戸から水を運び、男たちは牧場から動物たちを連れてきた。ある者は、異なる要素は牡牛の皮で作った楯とイノシシの牙で作ったヘルメットの戦士の行列である。彼らは船でやってきて居留地を攻撃しているといい、またある者は海の脅威の典型である海賊であるとする。しかし、彼らは町を攻撃しているのではなく、守っている。町の敵は彼らではなく、裸の男達だ。これはエーゲ海域の戦士とエーゲ海域意外の戦士との海戦で、エーゲ海域の戦士は町を守るためにやってきて、我々は、海辺へと戦勝行進をしている場面を見ている。
打ち負かす敵を裸で、無秩序に描くという慣習は、メソポタミアやエジプトの美術と非常に似ているという。

d:魚を捧げる青年 122X68㎝

『THERA』は、髪を部分的に剃った裸の2人の青年は、宗教的に特別な人物である。神へ捧げ物をしている。
また、この若い信者たちは、南西と北東の角に描かれている。もし彼らが歩けるならば、北西の角で出会うだろう。そこには、魚のような捧げ物を受けるための、供物台らしきものが置かれていたという。
魚はシイラに似ている。

その供物台は、上の想像復元図にも描かれているが、実物はテラ先史博物館に展示されていた。

海の絵の供物台 テラ先史博物館蔵
器体の上下には、岩場に海藻などが生えている様子が描かれ、その間をイルカが所狭しと泳いでいる。 
しかし、奥に写った人物と比べてもわかるように、さほど大きなものではない。壁画の青年が両手に提げている魚は、この台にはとても載せきれないだろう。
腰の高さに棚が並んでいるような部屋の造りから考えると、各棚に一つずつ供物台が置かれていたのかも。

g:南壁フリーズ 舟行図 43X390㎝ アテネ国立考古博物館蔵
『ギリシア美術紀行』は、S.マリナトスの娘ナンノ・マリナトスの解釈が私には一番すなおに納得できる。南壁に描かれたこの「船団図」の主題は、戦争ではなく「平和」のそれである。宗教的な祭儀を祝う船団であって、軍隊の出陣、帰還とは関係ない。
この壁画を凝視していると、確かに、太古の暗闇に閉ざされた私の脳裡に、町の喧噪が立ち昇り、祭の喜びに溢れた満艦飾の船団が漕手の掛け声に合わせて大海原に姿を現してくる。古代エーゲ海の、海の祭。貴人はゆったりと船中や船尾キャビン(イクリア)にくつろぎ、貴婦人は町の聖なる牡牛の角のバルコニーから遠く船団を眺め、若者は犠牲獣を伴って海岸に集い寄るという。
その続き
普通第3の町と呼ばれている向かって右端の町並はテラの遺跡そのものの風景であるという。
右の町はアクロティリとみられている。
一方、左の町はまだ特定されていないようだ。
『THERA』は、ライオンがうろつくのは、乾燥したエーゲ海の島嶼部にはありえないという。
ライオンは、上の山岳中央に描かれて、左方向へシカとシカに乗った人物を追っている。
この山様々な色の地層が重なって表されているので、やはり火山島にある港を表しているのだろう。
マスト下のおおきなパラソルの下で坐っている人たちとは別に、船尾に幕を張って坐っている人がいる。これがイクリアなるものか。

第4室東壁にはそのイクリアが描かれていたという。

イクリア 180X212㎝ テラ先史博物館蔵
『世界美術大全集3』は、貴人用の船室と考えられる船の一部分を実物大に描いたものと推測される。イクリアは構造的には携帯型の陣幕で、3本の柱が細い横材で繋ぎ合わされている。各柱の先端は花文様となっており、各イクリアで意匠が異なり、また花綱が柱の上部に渡されている。イクリアの下部は牡牛皮で覆われていたと推測できるという。
丸いビーズを連ねた花綱には、ユリの花を模したものが下がっている。これがファイアンスやガラスでできていたらすごいのだが。
また、一番下には大理石の板を貼り付けたような文様が表されている。前17世紀にはすでにこのような装飾があったのだ。

また、第4室と第5室の間に描かれていたのは女祭司である。

若い女祭司 151X35㎝
『THERA』は、とても妙な髪型である。もし頭部の青い色が部分的に髪を剃っていることを表しているのなら、頭の上に固定されているものは蛇のようなものをのせている。アクロティリの髪を剃った若い男性も女性も、このようなものはのせていない。そして彼女は独特のボディ・ペイントをしている。(クレタでも一般的ではない)唇に非常に鮮やかな赤い色を塗っているだけではなく、耳も赤く塗っている。
また、服装も奇妙だ。儀礼用には襞のある巻きスカートを着ける。しかし、この像は白い星形文様の青いブラウスの上に、黄色い皮革を模した毛羽だった服を着ている。これはサリーの一種である。
印章に、同様の服装をした人物が鳥を抱えているのが表されている。その男性は祭司と考えられている。どちらの像でも服を肩の上に被せるのは、特別な儀式用の飾りである。エジプトの祭司も麻布を肩の上に回しているので、このような衣裳を着けているのは祭司か女祭司だというのは間違いないという。
香炉のようなものを、第4室から第5室へと運んでいるのだろうか。第5室東壁の川辺のフリーズは、その進む方向に右から左へと描かれているということになる。

f:東壁フリーズ
『THERA』は、ヤシの木とパピルスの生える川辺の風景
綴じ目にあって取り込みきれなかったが、この図の左にはジャッカルが描かれている。
その続き
川の上を有翼のグリフィンが右方向に駆けていく。羽根以外が白いのは、未完成だったからかも。

これまで見てきた複合体デルタや婦人たちの家のフレスコ画同様、ここでも儀式の部屋を荘厳するための壁画だった。

また、西の家がそれらの建物と異なる構造は、西壁と北壁が、仕切り以外は外界に開けた造りになっていることだ。それは、2つの方角に見えるものが、そこで行われた儀式にとって重要なものだったのではないだろうか。
第5室には海に関連のあるものがたくさん描かれている。ひょっとして、西と北に海が見えたのではないか。そう思ったが、当時はテラ島はおそらく富士山のような形の大きな島だったはずで、その南端に、現在はアクロティリ遺跡と呼ばれているこのテラの街があったので、その方角には海は見えなかっただろう。

     アクロティリ遺跡の壁画2 パピルスと婦人たち
             →アクロティリ遺跡の壁画4 ボクシングをする少年

関連項目
アクロティリ遺跡の壁画1 春のフレスコ(ユリとツバメ)
アクロティリ遺跡の壁画5 サフラン摘みの少女

※参考文献
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館
「ギリシア美術紀行」 福部信敏 時事通信社
「ART AND RELIGION IN THERA  RECONSTRUCTING A BRONZE AGE SOCIETY」 Dr.NANNO MARINATOS  ATHENS