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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/12/10

オシオス・ルカス修道院主聖堂のモザイクに暈繝



オシオス・ルカス修道院主聖堂(カトリコン)は、崩壊した主ドーム以外の後陣のドーム、半ドームをはじめ、主ドーム下四隅のスキンチ、他のヴォールト天井、交差ヴォールトなどが金地モザイクで荘厳されていた。
修道院の名にもなった修道士で没後福者(オシオス)に列せられたルカスは、その中では目立たない、北袖廊西壁に両手をあげたほぼ左右対称の姿で描かれている。
衣装も黒っぽく地味な上に、衣文も直線的で不自然な印象さえ受ける。しかし、もう少し見続けると、僧衣には金箔テッセラによる暈繝(グラデーション)が施されていることに気づく。

モザイクによる暈繝はすでにローマ時代に見られる。その起源についてはいずれ調べるつもりだったが、その後どうなったかを考えてみることはなかったような気がする。
その歴史的な展開はともかく、今回は11世紀前半といわれるオシオス・ルカス修道院主聖堂のモザイクの中に、暈繝を探してみることにした。

アプシスの聖母子像
キリストの衣装が金箔テッセラで簡単な衣褶線と照隈(ハイライト)が表されているだけなのに対して、聖母のまとう紺色の長衣は、複雑な衣文線で構成され、立体感さえ窺えるほどだ。
遠くから写しているので鮮明ではないが、青のグラデーションがそれぞれの襞ごとに表され、膨らみさえ感じるほどだ。
それは玉座の平面的な表し方や、逆遠近法などとは対極にある。

聖母の顔や手、特に右手、キリストの顔や手足にも部分的にバラ色のテッセラを使っている。これは隈取りと呼んだ方が適しているのかも。

もっと単純な暈繝は、聖母の坐る玉座の紫色のクッションにあらわれている。
どうしても、コンスタンティノープル、アギア・ソフィア大聖堂アプシスの聖母子像と較べてみたくなる。
比べてみると、なるほどオシオス・ルカス修道院主聖堂の聖母子像の方が顔が大きい。地方作と言われても仕方のないものだ。
写真では色がよく出ていないが、このようにマリアの顔は赤みが差しているし、様々な色のガラス・テッセラを駆使してその表情を表しているが、これは暈繝とはいわないだろう。
それと同じ効果をねらって、オシオス・ルカス修道院主聖堂の聖母子像も赤みをつけたのだろう。

北袖廊東壁の聖母子像
実写には限界がある。この図版(『THE MONASTERY OF HOSIOS LOUKAS IN BOEOTIA』より)で、青のグラデーションがよくわかる。青だけで何色使っているのだろう。5色?6色?
遠くから見ると衣文線が直線的過ぎると一瞥で終わってしまいそうだが、拡大すると衣文線の間に深い襞があることを表すためか、濃い暈繝が間に入ったり、その暈繝の線に途切れがあったりして興味がわいてくる。

主ドーム下スキンチのキリストの洗礼
色はよく出ていないが、青のグラデーションが表す天空から神の右手が出ている。
キリストの左には衣装か濡れた体を拭く布にまず暈繝がみられ、それを差し出す2人の天使の衣装も淡い色調ながらグラデーションがうかがえる。
ちょっと強引にアップ。
こんなに丁寧な暈繝を施せる力量が地方の工人にあったとは。この地方ではグラデーションを用いたモザイクが、古代より絶えることなく続いてきたのだろう。

おまけはモザイク画の境などにおかれる文様帯。このような植物文もグラデーションで表している。


                →マケドニア朝期のモザイク壁画1 アギア・ソフィア大聖堂

関連項目
11世紀に8つのペンデンティブにのるドーム
マケドニア朝期のモザイク壁画2 ギリシアの3つの修道院聖堂
オシオス・ルカス修道院2 主聖堂(カトリコン)のナルテックス
アギア・ソフィア大聖堂のモザイク5 聖母マリアの顔さまざま

※参考文献
「THE MONASTERY OF HOSIOS LOUKAS IN BOEOTIA」 HIERONYMOS LIAPIS 2005年 ATHENS