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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/03/29

東寺旧蔵十二天図6 截金5立涌文



截金で卍繋文を表すのは困難を極めたようだが、緩やかな曲線は唐草文の茎や七宝繋文などに多用されている。
立涌文も、截金による曲線の美しさの現れる文様だ。

 1 月天 腹部の布
地文が四ツ目菱入り二重立涌文の截金に、主文の菊花丸文が彩色で表されている。
 3 風天 天衣
九ツ目菱入り二重立涌文。四ツ目菱や九ツ目菱など、中に配置される切り箔による文様が七宝繋文と共通している。
 5 羅刹天 腰紐
二重立涌文の中に、同心円状の杏仁形の文様が入り込んでいる。『日本の美術373截金と彩色』は、渦文入り立涌文としているので、それに従おう。
立涌文も、七宝繋文・亀甲繋文・卍繋文と同じように、広い面積を占めるのに適した文様のように思っていたが、こんな目立たない所にも使われている。
 9 伊舎那天 条帛
四ツ目菱入り二重立涌文。
一見、菱繋文のように見えて、菱繋文だと思っていた。
同 条帛下部
しかし、その下の方を見ると、確かに二重立涌文だった。
12 地天 条帛
四ツ目菱入り二重立涌文の地文に、白っぽい花文が浮かぶ。
日本の立涌文へ繋がる文様かどうか分からないが、マトゥラーの彫刻に立涌文に似た衣文の裙を着けた人物像があった。

二重立涌状の衣文 バガバーン・ナーラーヤナ立像部分 ナダン出土 砂岩 高227㎝幅88㎝奥行33㎝ 2世紀 マトゥラー博物館蔵
『インド・マトゥラー彫刻展図録』は、ナーラーヤナは、ヴィシュヌの別名として知られるが、ここではむしろ聖者としてのイメージからそのように解釈されている。
このような偉大な聖者の概念が、マトゥラーにおける最初期の仏像制作の背景にあるとする説がかつて示されており、こうした像の意義を考えることは、古代インドの文化の多様な側面を理解するだけでなく、仏像の誕生との関わりにおいても重要な意味を持つという。
この衣については言及されていないが、暑い気候で毛皮の裙を着けていたとも思えない。
1枚の薄い布に、縦縞に少しアクセントを付けて、染色されていたのではないだろうか。
イク・シャマガンの胸像 シリア、マリ出土 前3000年紀 ダマスカス国立博物館蔵
顎髭が立涌文のようだ。
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、ウェーヴした髪の表現もシュメールやエラムの彫刻に普遍的に見られるという。
文様ではないが、顎髭が縮れてカーブしてできた楕円形の空間が互い違いになっていて立涌文のように見えなくもない。
立涌文状の文様帯  王像着衣部分 象牙 高8.5㎝ 初期王朝、第1王朝(前3000年頃) アビュドス、オシリス神殿出土 大英博蔵
『世界美術大全集2エジプト美術』は、小さな像であるが、王像のポーズとして定着する左足を踏み出して立つポーズによって、王としての威厳を備えた姿に仕上げられている。憂いを帯びた表情のような写実的表現は、かつての像には見られなかったという。
表情だけでなく、着衣の文様も小さな像なのに克明に表されている。
図版右端には組紐文(絡縄文・ギローシュ)、左の幅広の部分には菱繋文、そしてその間の一列の文様帯には立涌文が表されているように見える。
この像を見ていると、縦長の菱繋文を表している内に、簡略化して縦に繋げてジグザグに描いてしまったようにも見える。
これは浮彫だが、実際の衣装は、この時代では織りで文様を表すことはまだできず、染めか、王ともなれば、布一面に絲繡による文様が施されていたのかも知れない。

つづく

関連項目
東寺旧蔵十二天図10 截金9円文
東寺旧蔵十二天図9 截金8石畳文
東寺旧蔵十二天図8 截金7菱繋文または斜格子文
東寺旧蔵十二天図7 截金6網文
東寺旧蔵十二天図5 截金4卍繋文
東寺旧蔵十二天図4 截金3亀甲繋文
東寺旧蔵十二天図3 截金2変わり七宝繋文
東寺旧蔵十二天図2 截金1七宝繋文
東寺旧蔵十二天図1 截金と暈繝

※参考文献
「王朝の仏画と儀礼 善をつくし 美をつくす 展図録」 1998年 京都国立博物館
「インド・マトゥラー彫刻展図録」 2002年 東京国立博物館・NHK
「世界美術大全集2 エジプト美術」 1994年 小学館