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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2009/08/25

首飾りに円筒印章は? 1

 
『オリエントの印章』は、円筒印章は紀元前3000年頃になると、芯の部分をくり貫き、ネックレスやブレスレットにしたり、ピンで衣服に留めたりできるようにしたという。残された像に円筒印章を首にかけたり、腕に巻いたりしているものがあるだろうか。

首飾りのビーズ玉 ウルク後期(前3500-3100年頃) テロー出土 水晶と石英 長約40㎝ ルーヴル美術館蔵 
『メソポタミア文明展図録』は、水晶を滴やアーモンドの形にカットしたこれらのビーズ玉は、高価な装身具となって、それを身に着けた男女の威信を高めるのに役立った。これらの石は社会階層の頂点を占めたエリートの存在を物語っている。ビーズ玉は散乱して見つかったので、首飾りへの取りつけは近代のことであるが、スーサで見つかった同じ型の首飾りを見ると、滴状の大きなビーズ玉が、通し孔で連ねられたファイアンスまたは頁岩でできた小さなビーズ玉の列と組み合わされていたという。
図版ではもっと黄色がかっているため、石の小さな穴に残った砂が金のようだ。透明であるとことが珍重されたのだろうか。
取り付けが近代のものとはいえ、ビーズ玉の真ん中ではなく、先端に孔があけられていて、現代の作家の作品であると言われれば、そうかと思うようなビーズ玉群である。
しかし、当時の技術では、真ん中よりも端に孔をあけた方が簡単だっただろう。 王妃のアクセサリー ウル第1王朝時代(前2600-2500年頃) イラク、ウル王墓出土 金、銀、玉髄、ラピスラズリ 大英博蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、王妃プアビの墓から発見されたまばゆいばかりの金銀宝石細工は、その発見状況から、多くは頭部を飾っていたものと思われる。金の板を薄く伸ばして紐状にしたり、リング、木の葉の形などに加工したものを、ラピスラズリや紅玉髄のビーズとつなぎ合わせ、  ・・略・・  貴金属加工の優れた技術と、斬新な意匠が時代を超えて人々の目を釘づけにするという。 
この中に円筒印章はありそうにないなあ。 首飾りのビーズ玉 左:前2600-2500年頃 メソポタミア出土 金 長約33㎝ 右:前2600-2500年頃 テロー出土 金、紅玉髄、ラピスラズリ 共にルーヴル美術館蔵
『メソポタミア文明展図録』は、双円錐形のビーズ玉はこの時代に特有であり、あらゆるサイズが存在する。これらの玉は繋げて首飾りに用いられた。
もう一方はさまざまな形の金、紅玉髄、ラピスラズリの玉で出来ている。その配列は全く推定の域を出ないが、多種多様な高価な材料のきらびやかな組み合わせは特に尊重された
という。
ソロバン玉の方はともかく、右の細長いものなら円筒印章になりそうだ。 男性立像(背面) イラク、アッシュル出土 閃緑岩 高137㎝ アッカド王朝時代(前2300-2250年頃) ベルリン国立博物館西アジア美術館蔵 
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、アッシュルのアヌ・アダド神殿の東北に位置するジッグラト(聖塔)の東隅付近から発見された。
人物は長く鬚を伸ばしている。ネックレスをつけ、こしに幅のあるベルトまたは帯で固定したスカートをはき、また左肩にも布を掛けている。衣服の裾には縁飾りがついている。これがアッカド期の貴人の典型的な服装であったのだろう
という。
貴人男性は首飾りをつける習慣があったらしい。真ん丸の同じ形の玉を繋いでいるが、前面の図版は正面に鬚が下がっているので、中央にはどんな玉があったのか残念ながらわからない。
背面の中央の玉の下には浅浮彫で細長いものがあるが、これが円筒印章ということはないだろうなあ。 ビーズ装身具 前3千年紀後期 シースターン州シャフレ・ソフテ出土 ラピスラズリ、瑪瑙、金ほか イラン国立博物館蔵
『ペルシャ文明展図録』は、ラピスラズリの管玉、瑪瑙製の菱形玉など多種多様のビーズが連なった装身具。瑪瑙の縞模様が複雑な色彩効果をさらに高めている。黄金製のビーズが加わる作品もある。それぞれの珠は大きさに若干の違いがあり、絶妙のアクセントを醸し出しているという。
円筒印章のような形の石と金製のビーズが交互に配列されてできた首飾りのようだ。しかし、浮彫のあるものはなさそうだ。
もし円筒印章がこのように首飾りの紐に繋がれていたなら、わざわざ外さなくても、土の上を転がすことができそうだ。色付きビーズの首飾りを着けた女性の小像 前2000年頃 テロー出土 アラバスター、紅玉髄、トルコ石、金メッキした銅 高2.8㎝長40.4㎝ ルーヴル美術館蔵
『メソポタミア文明展図録』は、断片ではあるが、このごく小さな像が貴重な資料であるのは、通常ばらばらで見つかる首飾りの構成要素の配列を、きわめて正確に知ることができるからである。
彫り手は首の周囲に一連の小さな窪みをつけ、そこには紅玉髄、ラピスラズリ、トルコ石、金メッキ-酸化して今は緑色-した銅の粒をビーズ玉として嵌めこみ、3段首飾りを構成している。互い違いに色の変わるビーズ玉は、中央の大メダルの両側に左右対称に振り分けられた。背中の襟の開きの中、金メッキした粒の上に緑色の石の大メダルが見えるが、おそらく首飾りと平衡を保つためであろう。
当時めったに使われなかったトルコ石があることも注目に値する
という。
中央に大きな石が嵌め込まれているので、これが背面であると思わなかった。
この首飾りに円筒印章らしきものはついていないが、前面中央になかったとは言えない。 前2000年までには円筒印章を身につけている像も、装身具も見つけられなかった。

※参考文献
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 (2000年 小学館)
「世界四大文明 メソポタミア文明展図録」(2000年 NHK)
「ペルシャ文明展 煌めく7000年の至宝 図録」(2006年 朝日新聞社)
「大英博物館双書④古代を解き明かす オリエントの印章」(ドミニク・コロン著 學藝書林)