エシュヌンナの貴人座像 前2千年紀初頭 イラン、スーサ出土 閃緑岩 高89㎝ ルーヴル美術館蔵
『世界美術大全集東洋編西アジア』は、メソポタミアの東隣エラムの地の中心地スーサからは、数多くのメソポタミア美術の遺品が発見された。これらはどれも前12世紀に、戦利品としてエラム王の手により持ち込まれたものである。そのなかにはテル・アスマル(現エシュヌンナ)から運ばれてきた彫像が何点か含まれていて、いずれも前2千年紀初頭の作品であることが判明している。これらは共通する一定の作風を見せていることから、古バビロニア時代前半の彫刻の概要を知るための貴重な手がかりとなっている。
人物のプロポーションや衣服から出ている右肩・右腕の表現などにとくに大きな誇張は見られない。豪華な縁飾りをつけた丈の長い衣服の輪郭線、胸の前に垂れ下がっている装身具の取り扱い、あるいは衣服の皺を強調した刻線ではなく面の凹凸をつけることによって巧みに表現している点など、自然の感触を重視した作風が見られるという。
王妃の装身具以外は首の付け根にぴったりとした首飾りだったが、こちらはだいぶ長目だ。楕円形と小円形を交互に組み合わせているが、円筒印章ではなさそうだ。残念なことに顎鬚のおかげで中央にどのようなものが下がっていたのかわからない。ヒゲで隠すほど貴重な円筒印章だったのかも。
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『メソポタミア文明展図録』は、この2つの首飾りは、鐶で小さなレンズ状の宝石を吊り下げている。きわめて高純度の水晶を加工した玉もある。これらの宝飾品の一つはテローの墓から見つかったという。
紐を通す穴を外側に彫りだした球形が他の時代にない。首飾りとしては短すぎるので、同じくテローで出土したウルク後期の首飾りのように、間隔を開けていたのかも。
それにしても、右側の首飾りは、中央にくるものがハエとは、いくら高価なラピスラズリ製でもね。しかし、装身具にハエの象った物はどこかで見かけたような。
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同展図録は、発掘現場から出土するビーズ玉は、たいてい紅玉髄、瑪瑙、金でできており、ラピスラズリは比較的珍しい。
この小さな首飾りの中心は、大きな長方形のビーズで強調される。また金のビーズ玉は、古典的様式に従ってビーズの軸と平行に、あるいは軸と直角に畝模様が入っているが、直角方向の例は少なくこの時代に特有かと思われる。これら金のビーズ玉はおそらく粘土の芯をもっていると思われるという。
この大きな長方形のビーズなら、文様を彫ると円筒印章になっただろう。
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『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、この彫像は、胴体がジムリリム王の宮殿の奧に位置する中庭から、また頭部がその隣の広い部屋から、それぞれ別に発見された。
女神は角飾りを帽子につけ、大きなイヤリングと腕輪とを飾り、ビーズを連ねた飾りを幾重にも首に巻いている。スカートは襞を5段重ねた華やかなもので、マリの女神の姿に共通する衣装であり、この時代の宮廷の女性の服装を反映していることはたしかであろうという。
当時の宮廷の女性は首が隠れるほどぴったりした首飾りを何連も巻いていたようだが、丸い形から、上の首飾りの金のビーズ玉かも。
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同書は、この細長い石碑も他の多くの作品と同様に、前12世紀のエラム王シュトルク・ナッフンテによりバビロニアから戦利品としてスーサに運ばれたものである。
石碑の頂部の浮彫りには、右側に玉座に腰掛けた神の姿が、左側にはこれに礼拝を捧げる王の姿が表されている。神は神性を表す角飾りをつけた帽子をかぶり、右手に環と短い棒(または紐)を持っているという。
有名なハムラビ法典碑だが、エシュヌンナの貴人座像ほどには丁寧な表現ではない。地方性というのだろうか。
王も神もそれぞれ異なった首飾りをつけているようだが、長い顎髭に隠れているために、中心にどんな玉をつけているのか、わからない。
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同書は、マリ王宮の中庭からは多くの壁画断片が土に埋もれたまま出土した。
右側に見られるひときわ大きな人物は、王またはひじょうに身分の高い神官と思われるが、彼はこれから犠牲として捧げる牡牛を引く人々の先頭を歩いているという。
牡牛を引く人々は今までみてきた貴石や金の玉と全く異なる輪っかを首に下げている。首飾りにも身分の差があったのかも。
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※参考文献
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」 (2000年 小学館)
「世界四大文明 メソポタミア文明展図録」(2000年 NHK)