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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2009/03/10

新羅の装飾宝剣とフン族

 
慶州、鶏林路14号墳の小型の積石木槨墳から出土した装飾宝剣は、瑪瑙の大きな象嵌が特徴的だが、粒金細工もすごい。大小の粒金を平面的に並べただけでなく、部分的には何層も立体的に積み上げたように見えが、本体の木材が腐食して凹んだためだということが、MIHO MUSEUMで始まった2009年春季特別展「ユーラシアの風 新羅へ」で見てわかった。やっぱり百聞は一見にしかずです。

『世界美術大全集東洋編10』は、フン族のアッチラ帝国で大いに流行したもので、ドイツから西シベリアまで広く分布している。遠く東ヨーロッパや西域で流行した多彩色技法で製作されたという 。 よく似た剣鞘がカザフスタンでも出土している。

鞘飾り金具 金・銀・ザクロ石・練り物 カザフスタン、コクチェタウ、ボロヴォエ湖付近出土 フン(5世紀末~6世紀初) サンクト・ペテルブルグ、エルミタージュ美術館蔵
慶州出土のものよりも黒っぽく見えるのは、銀が使われているためだろうか。大きな粒金の並んだ間にある細粒が銀なのだろうか。
「黄金の国・新羅展図録」は、キジル石窟の壁画には装飾宝剣を装着した姿が描かれているという。

供養者像 7世紀 新疆ウイグル自治区、キジル石窟第69窟主室前壁上方、鹿野苑説法図
『中国新疆壁画全集克孜爾2』の中国文を適当に解釈すると、前者は男性で環帯と佩短剣を着け、後者は女性。頭光があるが、仏国の人物ではなく、亀茲(キジ)国の貴族あるいは王と王妃という。
剥落してわかりにくいが、宝剣の中央部がふくらんでいて、上の2つの形に似ている。象嵌や粒金で華麗に装飾されたフン族の装飾宝剣が新羅に伝来しているのなら、もっと近い亀茲国にも伝わっていたとしても不思議ではない。 
第69窟にはこの像とは別に、実在の王スヴァルナプシュパが描かれていることがわかっている。
『キジル大紀行』は、即位したのは、7世紀初頭であった。スヴァルナプシュパ王は生涯を平和外交で通すが、624年に亡くなった。王位はその子スヴァルナデーヴァが継いだ。 
647年、スヴァルナデーヴァ王も没し、その弟ハリプシュパが王位を継ぐが、その王位継承の分裂につけこんで唐は亀茲国に軍隊を進め、翌648年、ハリプシュパは最後の国王として唐の軍隊に捕らえられたのであった。つまり、第69窟(特1号洞窟)に描かれた国王は、唐の支配下に置かれる以前の亀茲国最後の王となったハリプシュパの父親なのである。
スヴァルナデーヴァ王は、628年に玄奘三蔵が亀茲国を訪れたときに、玄奘を手厚くもてなした国王である
という記述から、同窟は7世紀前半に開かれたと思われる。
キジル石窟に描かれた剣の鞘は下部が撥形に開いていて、慶州鶏林路出土の装飾宝剣とはだいぶ形が異なる。もっと異なるのは時代であるが、壁画が描かれたのが7世紀としても、宝剣が亀茲国に伝来したのはもっと以前のことかも知れない。それとも、下部の形状の違いは時代の違いかも。
フン族はいつ頃までこのような宝剣をつくっていたのだろう。

「ユーラシアの風 新羅へ」展はMIHO MUSEUMの後、岡山市立オリエント美術館古代オリエント博物館に巡回されるらしい。

※参考文献
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」(1999年 小学館)
「季刊文化遺産12 騎馬遊牧民の黄金文化」(2001年 (財)島根県並河万里写真財団)
「世界美術大全集東洋編10高句麗・百済・新羅・高麗」 (1998年 小学館)
「黄金の国・新羅-王陵の至宝展図録」(2004年 奈良国立博物館)
「中国新疆壁画全集 克孜爾2」(1995年 新疆美術撮影出版社)
「シルクロード キジル大紀行」(宮治治他 2000年 NHK出版)