








その時に石も全部運んできたんですか?
そうです
円墳の周りの割石もその時にできたものですか?
そうです。向こうの方にも石の創作がたくさんありますよ。向こうに説明パネルがありますよ
もう一度戻ると、通路に面した石に金属パネルが嵌め込んであった。ここは八幡山公園という。園内には5~6世紀に築造された4基の古墳群が現存しており、それらの多くは福岡集落を望む南東斜面に配置されているのが特徴である。これらの古墳群の頂上部はほぼ一直線で結ばれ、歴史的な時間軸を感じさせる。公園のほぼ中央には集落の氏神を祀った八幡神社があり、いにしえより鎮守の森として地域住民に親しまれてきた。
本公園の整備は、地域固有の歴史的遺産と自然環境を生かしだ文化想像空間づくりをめざす「兎塚学びの里構想」の先導的事業として、1992年(平成4)からはじまった。北側に位置する「創造の丘」は、ヨーロッパやアジアの諸国から彫刻家9人を招いて「国際彫刻シンポジウム」により整備された石彫公園である。また、南側の「歴史の丘」は、国内の若手彫刻家が古墳群に石彫を配置することによってつくりあげた空間である。いずれにも地元産の笠波石が使用されており、この公園づくりに地元住民も惜しまず協力したという。なーんや。期待したのに。
そして境内の反対側にも行ってみた。なるほどいろんなオブジェがありました。でも、丸い石はもともとあったように、うまく置いてあるなあ。

※参考文献
「兎塚学びの里八幡公園の説明パネル」(1994年 兵庫県教育委員会)