お知らせ

忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2008/05/11

鬼ノ城巡り4 屏風折れの石垣(第2展望台)から東門へ


大きな石がごろごろ転がっている所の先に岬のように突き出た平地があった。ここが屏風折れの石垣と呼ばれているところで、第2展望台とされている。
説明板に、鬼ノ城で最も著名な高石垣です。血吸川の急崖上に舌状に建築されており、内側列石や敷石が残っていることから、建物等は存在しない可能性が高いと考えられますという。何か建物があったのかと思うような平たく広い場所だ。血吸川とはすごい名前やなあ、11:42。先端から振り返ると石垣を高く積み上げたことがわかる。 通り過ぎて振り返るとこのように突き出している。当時かなり重要なポイントだったのかも。もう1つの説明板には、千数百年前、温羅(うら)と呼ばれる一族が朝鮮より渡来し居住したといわれており、付近の状塁は、当時のなごりだともいわれております。
また鬼ノ城一帯は、平安時代に新山、岩屋とともに山上仏教が栄え、大規模な伽藍が多数立ち並び、西方教化の中心地であったといわれています
という。渡来系の居城やったんや。
平安時代の寺院があった。礎石建物群跡の3区に平安時代の基壇と掘立柱建物跡があったということだった。基壇は寺院跡だったのかも。  その先に第5水門がある。道の右側の凹地に水を貯めて、水門を造って調節していたらしい。 ここから山道となる、11:51。 そして下ってくると石がごろごろと転がった斜面だった。 すぐに東門があった。ここには柵列が示されていた。 そして第4水門跡があった、11:58。 このように、鬼ノ城の南側はいろんな設備が連続している。