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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2008/02/13

当麻寺金堂前に日本最古の燈籠

金堂の北の扉から外に出て南側にまわると、金堂の前に屋根がつけられた燈籠があった。参道の両側に燈籠があるよりも、重要なお堂の前に燈籠がある方が、燈籠本来の使われ方のようだ。『石燈籠新入門』で京田良志氏は、なぜ塔が仏殿の前に建てられたかといいますと、仏に燈明を献ずるためです。仏に燈明を献ずること、つまり献燈は、最初インドにありました。  ・・略・・  仏に献燈することの功徳は、多くの経典類にくりかえし説かれており、「施燈功徳経」しいう経典があるほどです。  ・・略・・  したがって、専用の施設が伽藍の一つとして造られたとしても不思議ではありませんという。 なんで金堂に燈明を献ずるための燈籠に屋根が付けられたか。『當麻寺冊子』によると、日本で最も古い石燈籠で、高さ2.17m、當麻寺と最も緑の深い二上山の凝灰岩で造られている。台座の蓮弁は雄大で力強く、竿は胴張りで古調を示し、火袋は失われて木製である。笠は蕨手のない八角形で、宝珠も風化が甚だしいが、下方が大きく、上方がすぼんだ古式のものであるということで、柔らかい凝灰岩でつくられているため、これ以上の風化を防ぐためらしい。 中台に格狭間のような側面飾りはなく、下端の蓮弁は大きく八角形の頂点に向かってそれぞれ1枚の蓮弁がのびる。非常にすっきりした形だ。基礎は反花(かえりばな)があったかどうかもわからないくらい風化している。それでも笠と同様、元々横に張ってはいなかったのではないだろうか。『當麻寺冊子』 の写真では、囲いはあるが屋根はなく、木製の火袋は朱色だ。もっと古い『石燈籠新入門』の写真では燈籠の南側に松の木の曲がった幹が写っている。 この燈籠を見て、本堂と金堂の間にある1基の燈籠が、この燈籠を模して造られたものらしいことに気がついた。
関連項目
當麻寺展3 當麻曼荼羅の九品来迎図
當麻寺展2 當麻曼荼羅の西方浄土図細部
當麻寺展1 綴織當麻曼荼羅の主尊の顔
観無量寿経変と九品来迎図
当麻寺で中将姫往生練供養会式

※参考文献
「當麻寺冊子」 当麻寺発行
「週刊古寺をゆく35 当麻寺信貴山」 2001年 小学館ウイークリーブック
「石燈籠新入門」 京田良志 1970年 誠文堂新光社