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2018/01/26
元明の青花(染付)
イランのアルダビールに所在するシェイフ・サフィー・ユッディーン廟ではアルダビール・コレクションと呼ばれる中国磁器が所蔵展示されている。アルダビールは、サファヴィー朝発祥の地であるが、それよりも以前の元時代(14世紀)の染付もそのコレクションに入っていた。おそらくサファヴィー教団が所蔵していたものだろう。
『元の染付展図録』は、白磁胎で形を作った後、酸化コバルトを顔料として筆を用いて絵付けをし、透明釉をかけて、高火度で焼成した磁器を、中国では「青花」(花とは文様の意)と呼ぶ。わが国ではその藍色に呈色した文様が染織の藍染の色彩に似ているところから「染付」という名称が使われ、今日にいたっているが、この呼称はすでに南北朝末期にあたる14世紀末の『迎陽記』という文献に、「ちゃわんそめつけ」という記述が残るが、一般化するのはやはり有田で染付が焼成されるようになった江戸時代のことらしい。
この染付が技術的に完成したのが、元時代の後期頃の景徳鎮においてであった。その文様にみられる精巧な描線や文様構成の高さに、器形の雄大さも加わった力強い作品が、この技法の技術的完成を如実に示しており、以後の陶磁界に影響を与えたことも加味されて、今では元染付が中国の染付のジャンルだけにとどまらず、中国陶磁全体のなかでも非常に高い評価を受けるにいたっているという。
前回は、アルダビール・コレクションを日本の古い文献の図版で見てきたが、英語でblue and whiteと呼ばれるものがモノクロームなのは寂しかった。そこで、今回は、そのコレクションを離れて、書庫からカラー図版を探してみた。
青花蓮池魚藻文壺 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 高28.2㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『東洋陶磁の展開図録』は、元時代に入って作られるようになった大振りの壺。器表をいくつかの文様帯に区切り、胴部中央に蓮池を泳ぐ鱖魚、草魚などを描いている。魚藻文は元時代の青花にしばしば見られるテーマであり、当時の江南地方で流行した民間絵画との類似性が指摘されている。また、魚の中国語音が「余」に通じ、財産が余るという吉祥の意味をもつともいわれている。裾部にはラマ式蓮弁を廻らし、内部に犀角、法螺貝、珊瑚などの6つの宝文が火焔宝珠と交互に描かれているという。
アルダビール・コレクションの中にも魚藻文の盤(29.43 元時代)があり、見込みに大きく魚が描かれ、水流になびく藻や、浮き草などが描かれている。
違いは本作品には、蓮が大きく力強く描かれていることで、葉は表面が見えるもの、側面から見たものなど。蓮華は花びらが落ち、果托が育っている。
青花鳳凰花卉草虫文八角瓢形瓶 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 高59.8口径8.3底径17.3㎝ イスタンブル、トプカプ宮殿博物館蔵
『世界美術大全集東洋編7』は、瓢形の大瓶をさらに八角に面取りした、成形に熟練を要する作品である。わずかに高台がつき、底裏は露胎である。さまざまな文様が器面いっぱいに描き詰められているが、この八角の面取りという器形をうまく文様構成に利用して、煩瑣に陥ることを避けている。まず、菱繋ぎの帯文様とラマ式蓮弁によって胴の上下を区切り、さらに八角に応じて器面分割することによって、繁雑になりがちな文様を整然と配しているるここには、元青花に用いられるあらゆる文様が描かれており、まるで絵手本といってもよいほどである。図柄が異なるが、八角の瓢形瓶はトプカプ宮殿にもう1点と、掬粋巧芸館に1点、完器ではないがイランのアルデビル廟に1点所蔵されているという。
青花八宝文稜花盤 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 高7.8口径45.7底径26.4㎝ イスタンブル、トプカプ宮殿博物館蔵
『世界美術大全集東洋編7』は、盤の中央に置かれた6弁のラマ式蓮弁とそれを囲む6つの大きな如意頭枠、そしてそのあいだを空間忌避的に埋め尽くす唐草文がこの盤にイスラーム風な印象を与えている。空白を余すところなく文様を描き詰めるのは元青花の大きな特徴の一つで、彩絵という新しい装飾表現手段を得て可能となったものであり、この盤はそうした元青花の魅力あふれた作品である。イスラームの工芸品にもしばしば見られる、ミヒラーブを思わせるような如意頭形の枠取りや、ラマ式蓮弁を囲むその構成など、全体的には伝統的な中国様式というよりイスラームの意匠に借りているところが大きいように感じられるが、八宝文や青海波、唐草文など、枠組みの内側を埋める個々の文様は、すべて中国独自のものであるという。
唐草文は葉が段々と簡略されて描かれるようになり、蛸唐草と呼ばれるような文様になると聞いたことがあるが、それは日本の染付の話だと思っていた。青花の草創期のような元時代に、すでにそれに似た描き方がされていたとは。如意頭枠には青海波文が整然と描き込まれているというのに。
青花牡丹唐草文盤 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 径44.5㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『東洋陶磁の展開展図録』は、元青花の大形盤においては、見込み中央の平面に、絵画的な文様を描くか、幾何学的な図案を同心円状に描くものが多い。そうした中でこの盤では、主文様に四輪の牡丹文を取り上げ、それも上面、側面、裏面からと描き分けている点が珍しい。主文様の外周には宝相華唐草文を配している。この宝相華唐草文は、外側面にも同じように廻らされている。文様表現が大胆かつ新鮮な上に、青花の発色が格別に鮮麗なことから、元青花の大盤の代表作の一つとして名高いという。
側面はこの画像では上下2箇所あるが、それぞれを違う描き方をするという念入りな作品なのに、牡丹の萼は5枚なのに6枚描いている。「完璧なものは嫉妬されるので、一つだけ不完全にしておく」という風習はイスラーム圏、あるいは西アジアから中央アジアにかけて広く存在しているようだが、そういう好みを採り入れた作品かも。
青花蓮池水禽文鉢 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 径29.7㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『世界美術大全集東洋編7元』は、典型的な元様式の青花磁器である。口縁は端反りになり、底部が厚く作られた枢府タイプの白磁に類する器形である。内面には一対の鴛鴦を中心に、蓮池図が左右対称に描かれている。この蓮池水禽図は元青花磁器にもっとも普遍的に見られる意匠であるが、そのなかでこの作品はコバルトがじつに美しく発色しているという。
アルダビール・コレクションの蓮池水禽文盤(29.38 元時代)の文様とよく似ている。
水禽はオシドリ。
青花牡丹唐草文双耳壺 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 高38.7㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『東洋陶磁の展開展図録』は、本来、蓋をともなったものであるが、共蓋の遺例は3点しか知られていない。上から7層の文様帯に分かれ、中央の2層には雲をともなう龍文と、牡丹唐草文が廻らされている。とくに牡丹の花びらと葉には、絵付けの前にあらかじめ陰刻がほどこされ、強い効果をあげている。両肩には、だみ染めされた獣面の耳がつき、環を通すための孔があるという。
よく似た双耳壺が江西省高安市博物館に所蔵されており、それには蓋が付いている。
青花雲龍文双耳壺 元時代(14世紀) 景徳鎮窯 通高47.0口径14.6㎝ 江西省高安市窖蔵出土 高安市博物館蔵
『世界美術大全集東洋編7』は、この獣環耳壺は龍文から見れば典型的な至正タイプの青花磁器である。胴の中央には三爪の龍を2体配し、両端には銅環のついた獅子形の耳をつけている。肩には八宝文、裾には牡丹唐草文を描いている。青花の発色はトプカプ宮殿博物館の同形の元青花磁器などに比べると、やや鈍い。概して高安市窖蔵出土の青花磁器群は中近東にある鮮やかな発色の青花磁器の一群に比べてやや下手な印象を与えるものである。
銅環が残っていることからわかるように、日常に生活器として使用されていたものであるという。
至正年間は1341-70年で元末期。
色の違いは図版で比べただけでは分からない場合もあるが、この2点ではそれが明瞭に比較できる。輸出品の方が明らかに濃いコバルト色である。
青花龍文壺 元時代(1271-1368年) 高11.2㎝ 1998年景徳鎮市珠山北麓風景路出土
『皇帝の磁器展図録』は、ふくらんだ胴に蓋をともなう。器底は輪高台に作られ、露胎である。蓋と身は、あわせ口作りとなっている。青花で、外壁には珠を追う龍二体が描かれる。内壁にも施釉している。この器の造形は陝西省耀州窯の北宋青磁刻花碁石入れに類似する。双角五爪が器面装飾に用いられているということは、『元史』と『元典章』によると、この器が元代皇帝専用の磁器であることを示しているという。
『世界美術大全集東洋編7』は、青花磁器はイスラーム世界だけでなく、元大都でも新生の磁器として受け入れられたのであり、陶磁器において元時代は中国とイスラーム世界の嗜好が近似していた時代なのであるという。
至正年間の1368年、皇帝恵宗が北走し、江南に誕生した明朝が中国を統一した。
青花雲龍文瓶 明時代永楽年間(1403-24年) 高26.9㎝ 1984年景徳鎮市珠山明御器廠址出土
『皇帝の磁器展図録』は、口縁部は外反し、頸は細く長い。腹部は豊かにふくらんでおり、高台がつく。器内と高台内は全面施釉されている。外壁には五爪龍五体が描かれる。胴部裾に波濤が、高台には雲文が廻らされる。この器は永楽後期の作品で、1994年に出土した永楽早期の玉壺春瓶とはかなり相違がある。早期の製品は高台がやや高く、器腹は細く長い。造形はむしろ元代のものに近似しているという。
やはり五爪は皇帝専用の器だった。それがペルシア北西部に起こったサファヴィー教団に将来されたのは、どういういきさつだろう。
現在でもアルダビール・コレクションとしてシェイフ・サフィー・ユッディーン廟に所蔵されている。
青花龍波濤文扁壺 明時代永楽年間(1403-24年) 景徳鎮窯 高45.0㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『鑑蔵品選集』は、永楽年間には西方との交易が再開され、陶磁器においてもその影響が見られる。イスラム的な器形が多様化したことや、中近東産のコバルト顔料が再び輸入され始め、青花の発色が以前にも増して鮮やかになったことなどである。この種の扁壺もこの時期に現れた器形のうちのひとつである。トルコのトプカプ宮殿には16世紀の銀製の蓋が付いた同形品が伝世している。本器では、龍の姿を白抜きで大きく表し、眼にコバルト顔料を点じ細部に陰刻を加える。周囲を埋め尽くした波濤文は濃い藍色に発色し、永楽期に特有のにじみが見られる。景徳鎮市珠山より類品が出土しているという。
アルダビール・コレクションにも似た龍波濤文瓶がある 。
青花牡丹文盤 明時代永楽年間(1403-24年) 景徳鎮窯 径44.7㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『鑑蔵品選集』は、盤の中央には二重円圏内に2輪の牡丹が蔓草のような枝で軽快につなぎ合わされて描かれている。盤の周辺部には茘枝、石榴、桜桃、枇杷、葡萄など数種の果樹を折枝文様風に9箇所配置している。高台内は露胎となっていて、胎土は精緻である。永楽様式の青花の典型的な盤であるという。
アルダビール・コレクションにも2つの牡丹の花が描かれた盤があるが、この図では下の方で蔓が分かれるのに対し、その作品では1本の枝が弧を描いて、枝の中程と先の近くにそれぞれ牡丹が咲いている。
青花龍唐草文碗 明時代弘治年間(1488-1505年) 径15.0㎝ 大阪市立東洋陶磁美術館蔵
『鑑蔵品選集』は、成化年間に現れた薄作りで小形の碗の延長線上にあると思われるが、文様表現は一転して繁縟さを増している。外側には宝相華唐草をともなう一対の龍の姿を、内側は側面に蔓唐草文を、底部に蓮池文を描く。文様は細い描線で余白をあまり残さず緻密に描かれている。一方で龍の肢体や唐草の蔓の動き、葉や花弁の形などには図式化の傾向が見られる。また、口縁部や内底に見られる細かい装飾には、次の嘉靖万暦期の文様との関連がうかがえるという。
描かれた龍は五爪。
アルダビール・コレクションの中で、高台の銘だけ写した作品が弘治年間のものだった。
関連項目
アルダビールのシェイフ・サフィー・ユッディーン廟 中国磁器のコレクション
参考文献
「開館3周年記念 元の染付展 14世紀の景徳鎮窯 図録」 1985年 大阪市立東洋陶磁美術館
「大阪市立東洋陶磁美術館 鑑蔵品選集 東洋陶磁の展開 図録」 1999年 大阪市立東洋陶磁美術館
「世界美術大全集東洋編7 元」 1999年 小学館
「皇帝の磁器 新発見の景徳鎮官窯 展図録」 1995年 大阪市美術振興協会・出光美術館・MOA美術館