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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/10/28

田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展8 截金の文様


田上惠美子氏といえば截金である。氏のブログ漫ろ事の2012.7.23.新作のそぞろごとで、人間国宝の故江里佐代子先生の素晴らしい截金の世界に魅了され、私淑していると記述されているが、奇しくも私が仏教美術を、そして美術史を続けるようになったきっかけは、仏像や仏画を荘厳する截金の文様なのだった。
ずっと以前に江里氏が衝立やまり香合などに截金で文様を施していく様子をテレビで見て、現在でも截金という技法が受け継がれていたことを知った。それまではすでに残っていない技法だと思っていたのだった。
残念ながら江里氏は2007年に急逝されたが、截金のような作品を田上氏が制作されているのは嬉しいかぎりである。

二帖 帚木
截金の直線、いや文様的には組紐文1本1本がいずれかの面から伸びて次の面、更に次の面と通り、どこかの面で終わっている。それぞれの線が交わることで三角形を初め様々な幾何学文様が生まれている。
それを探していく楽しみは、イスラームの幾何学的な装飾(ギリヒ)、一例を挙げるとトゥラベク・ハニム廟のドームで、組紐文により複雑だが繰り返し作られていく同じ大きさ、同じ形の幾何学文様を見つける面白さとも、ひと味違ったものである。

五帖 若紫
一つの点から出た6本の線が少しずつ広がって、また別の点へと収束していく。それを縦横に配置することで36個の四角形ができる。それだけではない。横の基点には縦の線が通り、その両側にも1本ずつ平行する線が配される。
帚木は同じ幅の線だったが、ここでは線に肥痩があって、朧気な赤と共に、柔らかな作品に仕上げられている。
これこそ江里氏の「まり」のような、と思って『金箔のあやなす彩りとロマン 人間国宝江里佐代子・截金の世界展図録』を開いても、同じ文様には行き当たらない。やはり田上氏の創作文様だった。
せっかくなので、江里氏の作品の中から少しだけ。同展では広い展示台にたくさんの「まり」が置かれていて見事だったが、あいにくその図版はない。
江里氏もまた、仏像の荘厳に使われてきた伝統的な文様だけでなく、創作文様もある。
右上の流れるように斜めに截金が走る文様は、このような蓮弁の極細の線の截金から着想かも知れない。記憶にある限り、ここまで密に截金の線がある仏像や仏画は知らない。
「まり」も素晴らしかったが、私の好きな七宝繋文の「蛤」も深く印象に残っている。

十二帖 須磨
金にも色々あることを、いつだったかの個展で氏に教わった。それは金に銀を含有させる割合による違いで、青金と呼ばれるものは控えめな金色だった。
しかし、この作品は銀箔ということで、硫化がすすんだ銀色が肌の微妙な凹凸で揺らぎ、味わい深い。
その銀の截金は平行する線で、それぞれの区画を埋めている。

十八帖 松風
菱形繋でもなく、米字形でもない。私の文様の知識とは全く違う、創作された氏の文様を言葉に表すのは不可能だ。
田上氏の作品には目には心地良いが、時には美術史を志す私の心を乱すこともある。そしてそれがとても脳の刺激にもなっている。このような不規則に菱形の並ぶものを、松風文と呼んでおこう。

二十七帖 篝火
篝籠は実用のものなので、検索しても、あまり優れたデザインのものは見つからない。だから、こんなに不規則に幾何学文様のデザイン性に優れた籠だったら、庭と言わず、部屋にでも飾りたい。

二十九帖 行幸
金箔が部分的に銀箔に見えるのは照明のせいだとしても、縦横の截金の帯に肥痩があるだけでなく、それぞれが交わる帯を越えたり、くぐったりしているように見える。

三十四帖 若菜
太い枠の中に細い帯を米字状にきっちりと配置する。その厳格さを粉雪のような金粉で緩和させている。

四十四帖 竹河
文様は法隆寺裂、正倉院裂や仏像・仏画由来のものだけでなく、名物裂を見るのも好きだった。若い頃は茶道に親しんでいたせいか、名物裂の名称をよく覚えたものだった。これは「間道(かんとう)」と呼ばれる縞柄、時には格子柄のものをさす。
しかしながら歳月の積み重ねと共に、それらは記憶という本棚の隅の方に収まってしまい、なかなか取り出せない。竹河間道というのはいかが?



四十六帖 椎本
ピントが合っているのかいないのか。
波のような截金の間からは、複雑にうねる縞が透けて見えるが、これは向こう側の截金ではない。

四十七帖 総角
細い截金をいろんな方向に、いろんな長さにして、楽しみながら模様を創っているように見える。
松の葉散らし文というのはいかが?

田上氏の作品に表される截金の文様を何と呼べばよいのかに苦心するが、認知症に近づきつつある我が脳に刺激を与えてくれる。

※ これらの作品は田上惠美子氏、天善堂及び神戸とんぼ玉ミュージアムの許可を得て撮影しました。

          田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展7 金箔の表情

関連項目
田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展6 レースは揺らぐ
田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展5 小さな玉の大きな宇宙
田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展4 三十七~五十四帖
田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展3 十九~三十六帖
田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展2 一~十八帖
田上惠美子氏の蜻蛉玉源氏物語展1
天善堂で田上惠美子ガラス展 蜻蛉玉源氏物語

参考文献
「金箔のあやなす彩りとロマン 人間国宝江里佐代子・截金の世界展図録」 2005年 佐野美術館