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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/08/16

古代ガラス展6 金箔ガラス製メダイヨン 



古代ガラス展で作品は展示されていなかったが、
東京藝大の並木秀俊氏は、ゴールドサンドイッチガラス碗だけでなく、同じく大英博物館蔵の「金箔ガラス製メダリオン」の再現制作も行っている。
『古代ガラス色彩の饗宴展図録』で並木氏は、この作品の絵柄においては、人物を描写する細い線が箔のない余白部分で表現され、また截金独特の鋭角な表情が見受けられなかったことから、截金技法は適さないと考え、針のようなもので文様や図案を削り出すことを考えた。結果、実際に図柄を削り出すことで原本に非常に近い装飾を施すことができた。このことから、「金箔ガラス製メダリオン」に用いられている装飾技法は、截金によるものではなく図柄を削り出して表現するエッチング技法であることがわかったという。
並木氏が再現制作したメダイヨンによく似た絵柄のものを、『大英博物館の至宝展』で見たことがある。

金箔ガラス製メダイヨン 後4世紀 ローマ、カタコンベ出土 最大径6.4 大英博物館蔵
同展図録は、このメダイヨンには、若い夫婦の半身像が描かれている。ふたりの間の上方にはそれぞれチュニカとパリウム(外衣)を着たあごひげのない男性の小さな姿があり、男女それぞれの頭に花冠を掲げている。4世紀の多数の図像からキリストであることが容易にわかる。
メダイヨンは結婚の記念や祝いのためのボウルや皿の底面にするために作られた。1枚のガラス板の上に金箔をつけ、これを切って模様をつけ、その上を容器の底で押さえて金箔を2枚のガラスで挟むようにした。この種のメダイヨンは、ローマのカタコンベ内で漆喰で固めた状態で多く発見されている。このことから、配偶者が死亡したときには、容器のうちメダイヨンだけ残し、埋葬場所の目印としたものと考えられるという。
同展で見た時には、金箔がよくゆがみもせずに2枚のガラスに挟まったものだと思った。接着剤でもつけなければ髪のこまかな線やカール、首飾りや衣装の模様などをつけるのは無理ではないか。それよりも文字を切り抜いて、弧を描いて貼り付ける方が難しいのではないか、と当時思ったのだった。
それが金箔を切り抜いて貼りつけるのではなく、ガラスに貼りつけた金箔を図柄に削り出すという技法だったとは。 
トラディティオ・レーギス、ガラス杯底部 4世紀末 金彩ガラス 直径7.7㎝ ヴァティカン図書館蔵
『世界美術大全集7西欧初期中世の美術』は、上下2段に分けられた上段の主題が「トラディティオ・レーギス(ペテロへの法の授与)」であることがはっきり読み取れる。キリストは丘の上に立ち、左手に巻物を広げ、右手をパウロの方に伸ばす。
下段中央には、天国の四河川の流れ出る丘の上に神の子羊が立つ。左右両端の2都市、エルサレムとベツレヘムからは、おのおの3頭の羊が出てきて、神の子羊を仰ぎ見る。上下段とも、他の多くの金彩ガラスに見られるように、開いた花、大小のつぼみ、葉で空間が満たされており、そこが天上的空間であることを示すと同時に、工芸品としての装飾的性格を表すという。
人の顔や衣装などの線や、ヤシの葉のギザギザなどが、先まで細かく表現されている。
聖女アグネス、ガラス杯底部 4世紀半ば 金彩ガラス 直径7.7㎝ ローマ、パンフィロのカタコンベ出土
同書は、金彩ガラスの器は、ガラスとガラスの間にはさみ込まれた薄い金箔に切り紙状の装飾を施したものである。
両手を挙げて祈る女性の立像が表現される。彼女の頭部の左右にはAGN-NESと銘が分かち書きされ、また頭光(ニンブス)を帯びていることから、殉教聖人アグネスであることが知られる。
両手を広げるのは「オランス」と呼ばれる、キリスト教美術以前からある立像の一種だ。
両腕を挙げて祈るオランスは、救済された魂一般の象徴という。
夫婦と聖人たち 金彩ガラス 初期キリスト教美術 フィレンツェ、バルジェッロ宮美術館蔵
当時聖人といえば殉教者のことだった。殉教者の名前のパネルをのせた柱と聖人が交互に表され、中央の円にはキリスト教徒の夫婦と、その上に小さく冠を与えるキリストが表されている。
金箔は、中心部分の夫の顔を除き、ほぼ切れたり皺が寄ったりせずに、それぞれの場面を表している。
ユダヤのシンボル 4世紀 金箔ガラスのメダイヨン ローマ、ユダヤ人のカタコンベ出土  
ペディメント(三角破風)が上下左右にある不思議なデザインだ。上段には獅子が中央の扉を開いた建物を挟んで向かい合っている。いや祠堂のような大きなものではなく、祭壇のようなものだろう。獅子の上には天幕がかかっているので、室内に置かれていることを示しているのだろう。
下段には7本枝に分かれた燭台が2つ並ぶ。その間には柱とも思えない、下部の膨らんだものが仕切りのように立っている。燭台の両側には双取っ手付きの壺、リュトン、アンフォラ形の壺(イチゴのよう)が置かれているので、上の祭壇にお供えをしているようにも見える。
また、四角い枠の左右と下側には、赤・黄・水色の小さな点々がある。小さな色ガラスを溶かして付けたのだろう。
ゴールドサンドイッチガラス碗と金箔ガラス製メダイヨンは、どちらも平たい金箔を図柄に切り抜いたものを貼りつけたのだと思い込んでいたが、今回の特別展では截金とエッチングという別々の方法で制作されたものであることがわかった。
美術展というのは行ってみるものだなあ。


古代ガラス展5 金箔ガラスとその製作法

関連項目
金箔入りガラスの最古は鋳造ガラスの碗
ユダヤ教徒のカタコンベにも金箔ガラスのメダイヨン
金箔ガラスのテッセラと金箔ガラスのメダイヨン 
サンタニェーゼ教会地下のカタコンベに金箔テッセラ

※参考文献
「古代ガラス 色彩の饗宴展図録」 MIHO MUSEUM・岡山市立オリエント美術館編 2013年 MIHO MUSEUM
「世界美術大全集7 西欧初期中世の美術」 1997年 小学館
「キリスト教の誕生」 知の発見双書70 ピエール=マリー・ボード 1997年 創元社
 
「大英博物館の至宝展図録」 2003年 朝日新聞社