『アルメニア共和国の建築と風土』の写真をパラパラとめくっていると、キリスト教会なのに、ドーム部にイスラームのムカルナスとしか思われない装飾があることに気づいた。
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ムカルナスのドーム ガンジャザル、スルブ・ホヴァンネス修道院ガヴィットのエルディク 13世紀中期
同書も、ガヴィットのエルディクにはイスラーム建築の意匠であるムカルナスによる装飾がみられるという。
エルディクとはアルメニア語で明かり取りのことらしい。
ドーム部だけではなく、ガヴィットの壁面にもムカルナスと思われるような浮彫が見られる。聖堂への入口の上部や、左右のその高さの壁面にある。
ガヴィットのエルディク ハイラヴァンク修道院ステパノス教会 13世紀初期
セヴァン湖の湖岸西岸の丘の上に立つ遺構である。四葉形のステパノス教会は10世紀に創建され、13世紀初期にガヴィットが教会に対して北に振れたかたちで接合された。ガヴィットの明かり採り(エルディク)にみられる色の異なる石を用いた市松模様の装飾はこの遺構にのみみられるという。
四隅をスキンチ・アーチを用いずに、直接ムカルナスを積み上げて、正方形から八角形にしている。その上はムカルナスのドームとはなっていない。このまま八角錘のドームが架かっているのかどうか、写真の上が切れていて残念。
色の異なる石を用いた市松模様の装飾とは、アニ遺跡の大モスクやキャラバンサライの天井で見てきた、勝手に石のタイルと呼んでいるものに当たるのではないだろうか。
石のタイルについてはこちら
アニ遺跡に限らず、アルメニアでも、壁面は赤や黒などの切石を使っているが、色の違いで文様を表すことはしていなかった。色の違いで文様を表すのは、アニ遺跡の中でも、11世紀のイスラーム建築だけだった。
その後タイルのように色石を組み合わせるということはすたれてしまったのかと思っていたが、13世紀になってアルメニアの聖堂の天井に現れた。
ドーム頂点 ホラケルティヴァンク修道院 12-13世紀
アルメニアとグルジアのほぼ国境線に建っており、(略)ガヴィットがあることから、アルメニアの修道院であったと推定される。しかし、他のアルメニア建築ではみられない、ドラム部分が独立柱で構成され、ドーム面も6つのアーチを組み合わせた六芒星を構成するイスラーム建築にみられる装飾的なものとなっているという。
ガヴィットという教会に付属された建物のムカルナスのドームとは異なって、教会自体に付けられた明かり取りのドームにある装飾。
円筒部の窓はたくさんの六角形に見える角柱で構成されていて、角柱の柱頭は6葉形、そこからドームへの移行部もムカルナス、ドームを横断するアーチの付け根もムカルナスになっている。
イスラームの装飾モティーフがアルメニアに伝わったのか、イスラーム建築を手がけたアルメニアの石工たちが採り入れたのか、よくはわからない。
アーチを組み合わせてドームを支えるのは10世紀後半、後ウマイヤ朝の首都コルドバのメスキータに出現していて、アーチ・ネットと呼ばれている。アーチ・ネットについては後日。
※参考文献
「アルメニア共和国の建築と風土」篠野志郎 2007年 彩流社