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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2009/12/08

アスターナ出土の連珠円文に対偶文

 
トルファンのアスターナ古墓群からは単独の動物あるいは動物の頭部を連珠円文で囲んだ緯錦(ぬきにしき・よこにしき)が出土していて、今のところソグド錦説が有力だ。それについてはこちら
動物文には互いに向かい合うものがあって、対獣文あるいは対偶文と呼ばれているが、ここでは対偶文とする。キジル石窟の鴨連珠円文壁画(7世紀)は、連珠円文内に1羽ずつ入ったものが互いに向かい合っているが、アスターナ出土の緯錦には1つの連珠円文内で向かい合うものが見られる。

連珠孔雀文錦覆面 経錦 北朝時代(5-6世紀) 新疆ウイグル博物館蔵
『シルクロードの染織と技法』は、連珠円文の中に向かいあって羽を広げる孔雀と宝瓶を置き、円文と円文の間には一対の翼馬と一対の鹿文を配している。経錦で織られた中国における連珠円文の早期の好例であるという。
しかし、『中国美術全集6染織刺繍』は、制作地を高昌としている。連珠の円環内には向かい合って舞う孔雀が飾られており、その上は蓮の花の化生文で、下は忍冬連珠文で飾る。連珠の円環外の空白部分には後ろを振り返る状態にした対鹿・対馬文も飾られているという。
単独の動物を囲む連珠円文の上下には方形、左右には小連珠円があったりするが、この作品にはそれがない。
羽を広げた力強い孔雀は、トムシュク、トックズ=サライ大寺院B出土の瑞鳥文(6-7世紀初)に似ている。時代からすると、トムシュクの瑞鳥が中国北朝の影響を受けているということになるだろう。頭上に表されているのは冠毛だろうか。尾羽は図式化されているが、足はリアルな表現だ。
間地の向かい合う天馬や、互いにそっぽを向く鹿の表現も、単独像のものよりも図案化されておらず、別の系統のものだろう。
また、アスターナ出土のソグド錦の円文よりもずっと整った円形に織られている。同出土の人物駱駝文錦(6世紀)は漢族による初期の錦のように思ったが、それより以前に作られた可能性がある。
制作時期から考えると、まるで、連珠円文の起源は中国のようだ。  飲酒人物連珠文錦 経錦 6-7世紀 長12㎝幅12.5㎝ アスターナ507号墓出土 江蘇省南通紡績博物館蔵
『中国★文明の十字路展図録』は、黄色の地に、濃紺や緑色などの経糸で文様を織り出した平組織の経錦である。大きな連珠文の中に2人の人物を左右に配し、その中央には底の尖った大きな壺が置かれている。人物は、丈の長い筒袖の服にベルトを締め、長いブーツを履いた胡人の服装をしており、高い鼻の面貌は明らかに異国の人物を表現している。彼らの口先には酒を飲むためのリュトンが織り込まれており、中央の壺はワインを入れる容器なのであろうという。
ほつれた部分を見ると文様を紡ぐ糸は緯(よこ)に通っているので、緯錦だろうと思ったが、錦の上端に織耳が残存していることから、左右対称のこの文様が経糸方向に上下打返しによって連続して織り出されていたと考えられるという。
文様を横向きに織った方が、経錦は織り易かったのだろうか。18号墓出土の人物駱駝文錦(6世紀)は経錦で上下対称に織られていた。同じようにして図柄を横向きにして織ると、中央(リュトンとリュトンの間)からは逆に織っていけば良いので、文様を織るという点では便利だったのだろうか。それとも緯錦の技術が導入されていなかっただけか。
上方にものがある孔雀文錦とは違い、この作品では中央にものを置いている。
連珠円はほぼ連珠で構成されている。左右には花文らしきものがありそうだ。 鳥連珠文錦(部分) 経か緯か不明 唐(7世紀前半) 長28㎝幅16.8㎝ アスターナ134号墓出土 新疆ウイグル博物館蔵
『中国★文明の十字路展図録』は、黄土色の地に、赤や白などの色糸で文様を織り出した錦である。鳥と連珠文による文様帯を上下に配している。連珠文は白い連珠からなり、左右の連接部分を赤地の方形で飾っている。連珠文の中は赤地に2羽の鳥が対面し、いずれも頭上に三日月と太陽を表す円形を戴き、台の上に立ち、首にはリボンが付く。錦の表面を見ると綾組織の緯錦と考えられるが、経糸方向に上下打返し(図版では左右方向)によって連続文様を表した経錦である可能性も捨てきれない。なお、この錦が出土した墓からは、唐の龍朔2年(662)の墓誌が出土しているという。
織り端がないと経錦か緯錦か特定できないらしい。
連珠文の上下には地色と同色の方形がある。左右の赤い方形共に、中に小さな白い方形が配されている。
つま先立った短い台には連珠がいくつか通り、。翼にももっと小さな連珠が並ぶ。
頭上あるのは孔雀の冠毛ではなく、三日月と太陽を表す円形という。ソグドの双鴨連珠円文錦(8世紀)にも似ているが、ソグドには頭頂の飾りがない。
足には蹴爪があるので、カモではなくキジ科の鳥であることは確かだ。首のリボンはまっすぐ横にのびる。 天馬文錦 経錦 唐、永徽4年(663)頃 アスターナ北区302号墓出土 
『天馬展図録』は、頭上に花冠を帯びて向き合った天馬の間には花樹はなく、下方に蓮花、天馬の三角の斑入りや小さめの翼の形、首に翻るリボン、足に結ばれたリボン。円環と円環を繋ぐ八弁花文。
経糸で文様を織り出す経錦という、中国では緯錦に先行する古様な技法によるもので、その特色は、文様表現を無視して経糸方向に縞状に分割される帛面に表れている
という。
こちらも文様を横向きにして経錦の技法で織ったようだ。確かに下半分は布の色が薄い。アスターナ出土の動物幾何文錦(455年)に色の薄い縦縞があるのと同じらしい。
上の鳥の頭上にある三日月と太陽を表す円形が変化したものが華冠になったのだろうか。
たてがみにつけられたリボンの表現が珍しい。足にもリボンがついており、孔雀文錦の天馬にはないものだ。ササン朝ペルシアの銀皿に、王の乗る馬の首や足首にリボンがたなびいていたものがあったように思うが、今回は探し出せなかった。 対偶連珠文錦で見つけることのできた最古のものは中国製だった。起源は中国と考えてよいのだろうか。

関連項目

ササン朝の首のリボンはゾロアスター教

※参考文献
「中国★文明の十字路展図録」 2005年 大広
「中国美術大全集6 染織刺繍Ⅰ」 1996年 京都書院
「天馬 シルクロードを翔ける夢の馬展図録」 2008年 奈良国立博物館