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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2018/02/13

イラン国立博物館 チョガー・ミシュ(Choga Mish)という遺跡


チョガー・ミシュという遺跡があることをこの博物館で知った。それは原エラム時代から存在した町のようだった。
東海大学文学部アジア文明学科の春田晴郎氏の非公式ブログチョガー・ミーシュ遺跡という記事に遺跡の写真が掲載されており、遺跡の現在の様子を知ることができた。
Google Earthより

チョガー・ミシュの展示ケース
『古代オリエント事典』は、前7-4千年紀にイラン南西部フーゼスターン地方のスシアナ平原に展開した文化。同平原にはメソポタミア南部と同様の沖積平野が広がり、西部はスーサ周辺、東部はチョガー・ミーシュが編年基準。チョガー・ミーシュではウバイド1-3期併行のスシアナ前-中期に集落が拡大し、中期後半に最大となり、次いでしだいに縮小するという。
斜めの縁の鉢 前4千年紀後半
この時代にはすでに薄手の彩文土器が作られているというのに、比べものにならないくらいの無骨な器だ。 
杯 前4千年紀 彩文土器 高24.3径12.7㎝ フーゼスターン州スーサ出土 イラン国立博物館蔵
『ペルシャ文明展図録』は、上部がわずかに開く背丈の高い円筒形の杯。鈍黄色の化粧土の上に施された茶色の彩文。動物の意匠をもつ彩文土器はイランの先史時代を通じて数多く製作されたという。
こんなに薄作りの成形はろくろによると思われるが、展示されていた上の鉢は、回転台を使っていたのだろうかと思うほどのものだ。

斜めの縁の鉢の発掘 前4千年紀後半 チョガー・ミシュ遺跡
同じ形のものが大量に出土している。
斜めの縁の鉢が伏せて並べられた状態で出土した様子
容器としてではなく、伏せて並べて壁体または壁の土台に使っていたように見える。

他に1点あったがピンボケ気味の土の玉だけだった。

土の玉 原エラム時代(前4千年紀) フーゼスターン州チョガー・ミシュ出土 
そこにはこんな絵が刻まれているらしい。
何かに腰掛けている大きな人物は女神らしく、右手に槍、左手には蛇らしきものを掴んでいる。その周囲には人々の日常生活が表されている。

『ペルシャ文明展図録』にはチョガー・ミシュの出土品が1点だけ記載されている。

山羊形把手付き筒形杯 前2千年紀 瀝青 高16.8長15.5㎝ フーゼスターン州チョガーミシュ出土
同展図録は、立ち上がった山羊をかたどった大きな把手をもつ円筒形の杯。材料の瀝青とは天然アスファルトのことで、フーゼスターン州でも産出する。古来より接着剤やレンガ建築の目地、籠や土器の防水加工など、幅広い目的に利用された。紀元前2千年紀世紀前半の古エラム期には、装飾性に富んだ瀝青容器が数多く製作されたという。
ルーヴル美術館の子山羊を象った三足付鉢の説明は、スーサ以外で発見された瀝青に彫刻された唯一の容器という。
スーサで出土した彫刻のある瀝青容器についてはこちら

azianokazeさんのイラン2017・・・(9)テヘラン 定番「考古学博物館」にお洒落な「ガラス・陶器博物館」 旅の終わりは「大バザール」には、前3500年頃のチョガー・ミシュの町の想像復元図などの写真があって、かなりの規模の都市のようだった。
そのようなものを見逃していたのが残念だが、どういうわけか、個々の建物のパネルだけは写していた。
扉は左端にあるので、窓のようなものが4つ並び、それぞれ上部に円形の開口部もある。
前4千年紀にドームがあったのかな。
ジッグラト?それとも三階建ての集合住宅?
神殿の想像復元図 前4千年紀
このような建物がひしめき合う町が、スーサの近辺にもっと眠っているかも知れない。

 イラン国立博物館 印章←     →イラン国立博物館 彩釉レンガの変遷

関連項目
イラン国立博物館2 エラム時代
イラン国立博物館 サーサーン朝のストゥッコ装飾

参考サイト
ルーヴル美術館の子山羊を象った三足付鉢
azianokazeさんのイラン2017・・・(9)テヘラン 定番「考古学博物館」にお洒落な「ガラス・陶器博物館」 旅の終わりは「大バザール」
東海大学文学部アジア文明学科の春田晴郎氏の非公式ブログチョガー・ミーシュ遺跡

参考文献
「ペルシャ文明展 煌めく7000年の至宝 図録」 2006年 朝日新聞社・東映事業推進部
「古代オリエント事典」 日本オリエント学会編 2004年 岩波書店