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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/04/11

泣女 古代ギリシャ-時空を超えた旅展より


いわゆるギリシア文明が興る頃に、幾何学様式という、直線やメアンダー文などで器体を埋め尽くした土器が出現する。そしてその中に、小さな動物や人物が群像として描かれるようになる。

アッティカ後期幾何学式アンフォラ 前760年頃  アテネ、ケラメイコス第2あるいは第4号墳墓出土 高さ155㎝ アテネ考古博物館蔵
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、骨壺の真上に据えて供物入れの役目を果たしたもので、神酒や供物が地中の死者に届くように底部に小さな穴が開けてある。同時にその巨大な大きさと主画面の画題に、墓ないし死をモニュメント化する意図も読み取ることができよう。
把手の間の主画面は骨壺の主の葬礼(プロテシスという)の様子を描いたもので、中央の棺台に遺骸が横たわり、その両側や棺台の下(実際は棺台の前)で遺族が両手を頭に載せて哭礼している
という。

幾何学文は主に平行線とメアンダー文は鎮魂の意味があったのだろうか。
『ギリシア美術紀行』はこの壺を「ディピュロンのアンフォラ」と呼び、主題画は、墓標としての用途に相応しく、この時代の葬礼美術の一大テーマであったプロテシスーベッドの上の故人を取り巻き、髪を掻き毟りながら最後の別れを歎く人々の群ーが幾何学的に絵画化されている。側面観の頭部、正面観の胸部、これらは文様と同じく幾何学的に作図されているが、それに反し、胸部に直接接続している横向きの両脚は非常に自然主義的に描かれている。この胴部ないし腹部の欠落に関して、D.ハイネスが面白い説を紹介している。ほぼ同時代に成立したと考えられるホメロスの『イリアス』に「胴部」を表す言葉が存在せず、この言葉が存在しないことと、『イリアス』の登場人物の人間観が相関関係にあるという。すなわち『イリアス』の英雄たちは神々の意志のままに行動するマリオネット的人間像であり、この意志の欠落に伴って、ホメロスには人間の頭部や四肢を有機的に統轄する意志の中枢を表わす言葉もないという。こうした肉体的には胴部の、精神的には自我の意志の欠落は、そのまま幾何学様式の陶器画の人物像、さらには同じこの世紀に作られ始めた最初のブロンズ小像などにそのまま当てはまるという。
最初にこの図を同書で見た時には、両手を挙げている「泣女」に見えたが、確かに両手または片手を頭に当てている。そして、多くは男性であること、女性は死者の横たわる寝台の下で跪いている2人と死者自身であるのが、長いスカートまたは長衣で気付いた。

「エーゲ海-時空を超えた旅展」にも手を挙げて死者の死を悼む場面があった。

幾何学様式オイノコエ(上にスキュフォスがのる) 前735-720年 高39.0口径17.1㎝ アッティカ地方ピレウス、アリモスの墓地出土 アッティカ工房、「鳥飼の画家」画 ピレウス考古学博物館蔵
同展図録は、中心主題であるプロテシス(遺体安置)の場面が、頸部のメトープを占めている。
把手の上を走る波打つ帯は蛇を表しており、波状に連なる点で囲まれている。
装飾文としての蛇は幾何学様式美術にしばしば登場し、象徴的な、冥界とつながる性格を有しているという。
ディピュロンのアンフォラ(前760年頃)と比べると、平行線やメアンダー文は少なくなり、線も太くて精密さがなくなってきている。
死者は格子模様の布で覆われた四本脚の棺台の上に横たわる。死者の棺台の左右にそれぞれ3人の女が立ち、両手を頭に当てるという哀哭のしぐさをとって、死者を悼んでいる。哀悼者たちの間の上方にある、花弁が点のロゼット文は、花輪を示しているのかもしれないという。
ここでは死者は男性、哀哭するのは女性である。やはり胴部が極端に細く描かれている。

哀哭する女たちを表した棺(ラルナクス) ミケーネ文明、前13世紀 粘土 高61長85幅39㎝ ボイオティア地方、タナグラの墓地5号墓出土 テバイ考古学博物館蔵
同展図録は、4本の脚をもつ長方形のテラコッタ製のラルナクス。角には赤と黒の格子縞模様を繰り返す装飾が施されている。ラルナクスの長辺には、横長画面に女性たちの哀哭場面が表されている。それぞれの長辺に4人ずつ描かれている。彼女たちは手を頭上に上げて、花のモチーフ(百合)の間を右方向に歩いている。現存する1つの短辺には、1人の哀哭者が描かれている。人物はどれも、風刺画に似たおおまかな輪郭線だけで描かれている。
哀哭する女たちは「ポロス」と呼ばれる冠をかぶり、凝った衣服を身に着けている。これは胴部のくびれたブラウスとベル形のスカートという典型的なミュケナイの衣装であるという。 
ここでは両手を挙げて哀哭するのは女性ばかりである。また、画家の描き方がのせいか、正面右端の女性は幾何学文様式の時代ほどではないにしても、胴が括れているし、他の女性もどちらかというと胴が括れているようだ。
こうしたラルナクスには、普通、墓室墓内にいくつかひとまとまりとなって出土するが、これは家族墓内に複数の埋葬者を葬るというミュケナイ文明の風習による。ミノス時代のクレタ島でテラコッタのラルナクスによる埋葬が一般的であったのに対して、ギリシャ本土では例外的であり、そのほとんどがタナグラで見つかっているという。

同じような彩色の棺がクレタ島でも見つかっている。

彩色石棺 後期ミノア文明、前1400年頃 クレタ、アギア・トリアダ出土 石灰石 長さ137㎝ イラクリオン考古博物館蔵
同書は、死者を埋葬するための石製の棺。石灰石の表面に漆喰を塗り、その上にフレスコ技法で装飾を用いているので、実質的には壁画と同じ構造である。当画面に描かれた人物の硬い表現、また死者の慰霊などの主題は、エジプト文化の影響を暗示するが、クレタ文化とエジプト文化の交流関係は不明確な点が多く、現時点では推測の域を出ない。
主題は屋外の祭壇で牡牛を犠牲に捧げる情景。ここに表現された社の建築は、「聖なる角」を飾り、建物中央には渦巻文様を施し、正面観を強調したものという。 
同じような形の棺だが、両手を挙げて哀哭する女性は見られない。
ミノアでは、死者の墓の前に供え物を置き、楽士が演奏するなか、盛装した女性たちが参拝するという、賑やかな場面が描かれている。
どうやら泣女はクレタには存在せず、ギリシア本土独特のものだったようだ。


  縞大理石をまねる 古代ギリシャ-時空を超えた旅展より

関連項目
キュクラデス石偶 古代ギリシャ-時空を超えた旅展より


※参考文献
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館
「古代ギリシャ時空を超えた旅展図録」 2016年 朝日新聞社・NHK・東映
「ギリシア美術紀行」 福部信敏 1987年 時事通信社