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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/06/21

黄金伝説展1 粒金細工の細かさ


粒金細工については以前にまとめたことがあるが、図版でしか知らない作品も多く、『黄金伝説展』は様々なところの作品を見られる絶好の機会だった。

図録の表紙には、シリアで制作されたというペンダントが、全体が入りきらないほどに大きく載せられていた。

ペンダント 前6-5世紀 金 直径4.2㎝ エジプト出土 シリア制作 ライデン国立古代博物館蔵
同展図録は、この見事なペンダント(垂れ飾り)はシリアで制作されたものだが、発見されたのはエジプトである。この種の宝飾品は、ほんのわずかな例しか知られていない。きわめて豊かに装飾されたこのような円形飾りの使い道は定かではないが、対で見つかる場合が多いため、耳飾りの垂れ飾りとして装着されていたとも推測される。しかし実際には、衣服を飾るブローチとして-両肩にひとつずつつけ、その間をチェーンでつないで-使われていたにちがいない。本作には、中央の花の周囲に7つの花と微細な粒金細工による三角形が表されているという。
直径4.2㎝のものに、これだけの粒金が嵌め込まれている。その細かさに感心。
部分拡大
大きさの揃った金の粒に見えたが、拡大してみると大きさはまちまちである。
粒金で三角形を表すということは、かなり古くから見られるもので、頂点に1つ、その下に2つ、更に下に3つと、1つずつ粒を増やして並べていくと常に正三角形となっていく。
シリアでは、ウガリット出土の耳飾り(前14世紀)に、小さな粒金が三角形に整然と並んだものが制作されているのだが。
ところが、この作品では正三角形にはなっていないし、粒の大きさも列もそろっていない。
花冠も溶けすぎて球がへしゃがったような粒金が積み重なっている。
それでもデザイン性にも優れた作品であるには違いない。

細かいといえばエトルリアの粒金。
『知の再発見双書37エトルリア文明』は、金の「粒」を金粉と言えるほど細かくしたのは、エトルリア人が初めてであるという。

耳飾り一対 前4世紀半ば頃 金 高さ2.1㎝ ヴィッラ・ジュリア国立考古博物館 カステッラーニ・コレクション
同書は、長方形の薄板を曲げ、両端を円板で閉じてできた耳飾りである。本体は、4枚の槍形の花弁で表される非常に様式化された花のモチーフで飾られ、花弁の間にはパルメット紋があしらわれている。植物のモチーフの背景と花冠は極小の粒金でできているという。
拡大
花冠の表面は、上のペンダントよりも粒がそろっているが、やや溶けたか、圧迫されたか、全体にやや扁平になっているように見える。主文を囲む四角形の枠には、押し出しで造った半球に大きめの粒金が付属しているが、それが失われていたり、半球の頂部とはずれた位置に付いていたりする。

横たわるシレノスが表された飾り板 前480年頃 金・クオーツ 高さ3㎝ ヴィニャネッロ、クーパ墓地第7号墓出土 ローマ、ヴィッラ・ジュリア国立考古学博物館蔵
同書は、表面には複雑な接合部があり、形状に沿うような装飾と構図でできている。装飾の要は、宴の席で宴会用の寝台に横たわるサテュロスであり、寝台の表現は連続した二重の渦巻き模様により、理想化されている。背景には、5つの先端からなる星がひとつある。打ち出し細工と彫金によって毛深い身体がハッチングのように描写されたシレノスは、背景と周りの極小の粒金によって輪郭が際立っている。シレノスが表された半円部分は、上部が打ち出し細工と粒金細工のロゼット紋に囲まれており、一方、下部には、ふたつのどんぐりの垂れ飾りの間に小さな球で飾られた半円形の宝石台があり、そこには水晶がはめ込まれている。この飾り板が出土した墓は紀元前6世紀から紀元前3世紀まで長期にわたり使用されていたが、様式から判断すると、本作は紀元前480年頃のものと推定できる。このような縁取りに調和しているのは、この時代のエトルリアの金細工特有の色彩効果であり、これはまさにさまざまな技法と素材の使用によって達成されたものであるという。
拡大
シレノスの周囲、あるいは背景に貼り付けられた粒金は「金の粉」と呼べるほど細かいものだ。
今回の出品では、最も細かい粒金だった。

シレノスの飾り板ほど密ではなかったが、細かい粒金で文様を表した作品は、もっと以前にエトルリアで見られる。

フィブラ 前7世紀第2四半期 金 長さ15㎝ ヴィトゥローニア出土 フィレンツェ国立考古学博物館蔵
フィブラとは衣服の留め具である。全長15㎝のこ針金を収める鞘はほとんど失われているが、本来はこの左側で、蛭形と呼ばれる三日月状の弓と繋がっていた。

残存部分の拡大
そこには細かい粒金で、鞘には獣の列が大きく表され、その下には逆三角形が並ぶ。弓部には向かい合う獣が表されている。


このタイプのフィブラの完全な作品を見ると、

蛭形フィブラ 前7世紀半ば 金 長さ9.4㎝、高さ3.5㎝ イタリア、ヴェトゥローニア出土 フィレンツェ国立考古博学物館蔵
少し時代が下がる。粒金で象られた動物は、弓部でははっきりわからない。技術的には上の作品の方が優れている。

また、蛭形フィブラの針受けがもっと短いものもある。

蛭形フィブラ 前7世紀第2四半期 ヴェトゥローニア出土 フィレンツェ国立考古博学物館蔵
長い柄の、粒金で獣や逆三角形が表された作品と同じ頃に、線刻だけの文様のものもあった。
線を幾何学的に刻み込んだものだが、何かを表しているのかな。

蛭形フィブラ 前8世紀初頭 金 長さ3.4㎝直径2㎝ ヴェトゥローニア出土 フィレンツェ国立考古学博物館蔵
蛭というよりもイルカでも表したような形。輪っかは飾りにつけていたのだろうか。
イルカの尾には打ち出しによる列点文、胴部には密な縦線に斜線を刻んだ文様が、線刻のない地と交互に並んでいる。
「黄金伝説展」に出品されたエトルリアの遺品に限ってみれば、前8世紀初頭、エトルリアには粒金細工というものがまだなく、前7世紀第2四半期に登場したものは、かなり細かい粒金で動物文を表した、粒金の技術としてはかなり高い作品だった。
どこか他の地域から、高度な技術を持った工人がやってきたのだろうか。

                   →黄金伝説展2 粒金だけを鑞付けする

関連項目
黄金のアフガニスタン展1 粒金のような、粒金状は粒金ではない
中国の古鏡展1 唐時代にみごとな粒金細工の鏡
クレタ島で出土した粒金細工についてはこちら
古代マケドニアの粒金細工についてはこちら
トロイ遺跡で出土した粒金細工についてはこちら
シリアの粒金細工についてはこちら
エトルリアの粒金細工についてはこちら

※参考文献
「黄金伝説展図録」 監修青柳正規 2015年 東京新聞・中日新聞・TBSテレビ
「知の再発見双書37 エトルリア文明」 ジャンポール・テュイリエ著 1994年 創元社