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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/05/03

弥勒寺の仏像は円教寺の仏像と同じ安鎮作


弥勒寺弥勒仏坐像と両脇侍立像は10世紀、といっても長保元年(999)というぎりぎり10世紀に造立された仏像だった。

弥勒寺は書写山円教寺の奥の院で、性空上人の隠棲所として建てられた。
『日本の美術479十世紀の彫刻』は、性空(?-1007)は、播磨の書写山に入り、国司藤原季孝の助力により法華堂と鐘楼を建てて円教寺を開いた。性空の弟子円照の記『円照記』により創建期の堂宇と安置仏像を見ると、 ・・・略・・・ 多くの堂舎の連なる山岳寺院であったという。

円教寺もまた、いとうせいこうとみうらじゅんの「新見仏記」という番組で紹介されていたが、拝観は三日前までに予約しないといけないということで、まだ実現できていない。

薬師如来坐像 10世紀 兵庫・書写山円教寺根本堂伝来 現在滋賀・舎那院蔵
同書は、舎那院像(本堂旧本尊)は興福寺薬師像(長和2年、1013)に似て製作がすこし下るらしく、その分洗練された趣が加わったという。
面貌も異なるが、着衣の襞が深く刻まれ、首の三道もはっきりと表されている。
着衣についていえば、全体に翻波式衣文が見られる。これは平安前期に特徴的なものだが、中期になっても残る場合もあるようだ。左腕に襞が縦に深く通っているのが気になる。何か手本とした像があるのかな。

同書は、『円照記』は一部の像の造立仏師名を明らかにし、講堂釈迦三尊像を感阿作、如意輪堂如意輪像・往生院阿弥陀如来像・真言堂五大尊像・御廟堂性空像をいずれも安鎮作とする。そのほか弥勒寺弥勒三尊像の銘に筆頭結縁者として記される安鎮も右と同一人物であろう。感阿も安鎮も性空の付法の弟子であったが、同時に造仏もよくしたという。
二人の製作した仏像のなかに、上の根本堂旧本尊の名はない。ということはやや遅れて、別の人物がつくったもののようだ。

釈迦如来及両脇侍像 永延元年(987) 感阿(かんな)作 性空建立の講堂安置
同書は、感阿作とされる講堂像の骨太のたくましい体軀は醍醐寺薬師像に見るような一時代前の古い様相を残しているという。
弥勒寺の弥勒両脇侍が被る宝冠とよく似たものを被っている。
せっかくなので、醍醐寺薬師如来像をみると、

薬師如来坐像 延喜13年(913)以前 像高、中尊176.5、左脇侍120.1、右脇侍120.9㎝ 醍醐寺薬師堂(霊宝館安置)
『日本の美術457平安時代前期の彫刻』は、上醍醐薬師堂の本尊で、三尊ともに乾漆の使用は認められないが、肉身部や衣には柔らかな質感が表現され、乾漆像のような捻塑的な感覚がある。奈良とも密接な関係をもっていた聖宝の造像感が反映されているように思われるという。
『日本の美術479十世紀の彫刻』は、前代9世紀のダイナミックで鋭い表現よりも現実感にねざした自然な均衡と柔らかな仕上げをおもてに出すという。
確かに頭部や体の肉づきなどはよく似ているが、感阿作の釈迦如来は着衣の表現が現実味を欠いている。

多聞天と広目天像 10世紀 四天王像うち 感阿作 摩尼殿蔵
講堂の釈迦三尊像と同様の作風という。
興福寺東金堂の四天王像(うち多聞天、9世紀)と比べると、感阿作像は下半身には量感は残っているものの、上半身は華奢で、袖口だけが強調されている。

阿弥陀如来像 寛弘2年(1005年) 安鎮作 現常行堂安置 往生院旧安置
同書は、常行堂像(往生院旧蔵)、弥勒寺の細身の体つきと細面の顔は和様に向かおうとする時代の様相を反映するものと評せよう。しかし、いずれも当時京都で行われていた造像様式からすると、地方的あるいは非専門的な未熟さが看取されるのは確かであるという。
弥勒寺の弥勒如来坐像とよく似ているが、こちらの方が数年後に製作されたために、完成度が高い。とはいえ、左腕の襞が真っ直ぐ垂下しているのは、やはり不自然な気がする。
『日本の美術479十世紀の彫刻』を探すと縦に通る襞の仏像があった。

釈迦如来坐像 天慶5年(942)頃 岐阜・舎衛寺
同書は、天慶5年に寺号を改めたという縁起の記事が、この寺の復興と本尊造立の時を指すと見られ、製作時期の推定のむずかしいこの期のなかでその手がかりのある貴重な例である。頭体および両手首までを一材から彫出し、両腰脇を矧ぎ、両足部との矧ぎ線は直線的であるという。
二段の螺髪が直線的に並ぶなど、こちらも地方色が見られるが、左肩から垂下する大衣は安鎮作像や旧本尊のものよりも自然なように感じる。
10世紀、あるいは平安中期の仏像を眺める機会は少ないので、次回は『日本の美術479十世紀の彫刻』から、如来坐像を見ていくことにする。

      弥勒寺の弥勒仏三尊像は10世紀←        →平安中期の如来坐像

関連項目
興福寺1 東金堂の仏像群

参考文献
「夢前七福神第1番札所 通寶山彌勒寺」という小冊子
「書寫山の奥ノ院 播州・夢前 通宝山弥勒寺」というリーフレット
「日本の美術479 十世紀の彫刻」 伊東史朗 2006年 至文堂
「日本の美術457 平安時代前期の彫刻」 岩佐光晴 2004年至文堂