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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2015/12/04

マゴキ・アッタリ・モスク2 漆喰装飾


マゴキ・アッタリ・モスク
『中央アジアの傑作ブハラ』は、同書は、入り口端の4分の1の二重コラムがプレイスラム教のソグド建築の古風な跡である。絶妙に編まれた飾りがある5枚の彫られたガンチのプレートが特に面白いという。
ガンチというのは漆喰装飾のことだが、一見浮彫焼成レンガに見える。
このイーワーンは、どうやらウズベキスタンで最古のもののようだ。それについてはこちら
左上は失われている。

左中段
八角形と8点星を組み合わせて幾何学的な組紐の連続文様を作っている。中央の三角を組み合わせたものは、風合いが異なるので後補だろうが、文様としては以前のものをそのまま造り直したようだ。
それにしても、漆喰装飾というのは壁面に漆喰を厚く塗り、それを浮彫するか、型づくりだと思っていたが、この幾何学文を造る組紐はあちこちで途切れているし、欠けたところは、装飾の石と同じ色合いだ。ひょっとすると、幾何学文の中に僅かに残る蔓草のようなものが漆喰でつくられ、その上に石を切ったものを繋いで文様にしていったのではないだろうか。
一番下
八角形と小さな四角形を組み合わせた組紐文。ここには8点星はない。
隙間に少しだけ漆喰装飾が残っている。
右上段
八角形と8点星を組み合わせたものだが、中段とはまた異なった構成となっている。
おそらく左上段も同じ文様だったのだろう。
八角形や8点星の中に丸く盛り上がったものが嵌め込まれているが、そこには浮彫も線刻もされていない。
漆喰装飾による蔓草文のようなものが下半分の隙間を埋めている。
中央の4つの8点星の中で、左上のものはほとんどが失われている。それが、真ん中の半球の盛り上がりだけでなく、8点星も同じように欠失している。そしてそれを取り巻く八角形の組紐文は、地から遊離している。このことから、製作時には、幾何学文様を編み上げた組紐も、地文の蔓草文も漆喰で作られたが、後世の修復で、組紐はテラコッタの棒を切って繋ぎ合わせたと考えることもできる。
右中段
左中段と同じ文様だが、漆喰の地文がよく残っている。蔓草文でもなく、植物文と呼ぶべきかな。どうやら地文もそれぞれ別の文様になっているようだ。
右下段
左下段と同じ文様。
この漆喰装飾の外側には、テラコッタの小さな部品を2列に積み重ねて、所々でそれを交差させていて、その交差部では、テラコッタを小さく刻んで、うまく十字形をつくっている。

右の3点を拡大してみると、もう少し漆喰装飾とそうでない部分が分かるかな。

上の方の組紐はテラコッタ。焼成中に窯の中で変化があったのかほぼ白いのに、赤っぽくなった所が1本のテラコッタにあったりする。
それに対して、下の方の組紐にはそのような変化のないものが多く、しかもそれらには頂部に1本の線が刻まれている。これは漆喰かも知れない。
分厚い漆喰を彫っていってこのように仕上げたのではなく、短い棒状に形作った漆喰で幾何学文を造り上げ、その隙間に薄い漆喰を塗って、そこに植物文を彫り込んでいったように見える。
蔓草もあれば、クローバーの葉のようなものも。
U字形のものは、チューリップのような花を横から見たものかな。


確かに、12世紀に造られた当時は、このイーワーン左右の6枚のパネルは漆喰装飾だったようだ。

      マゴキ・アッタリ・モスク1 ソグドの文様とイスラーム文様
                        →マゴキ・アッタリ・モスク3 浮彫青釉タイル

関連項目
ウズベキスタンのイーワーンの変遷
マゴキ・アッタリ・モスク
漆喰装飾を遡る
浮彫施釉タイルの起源は漆喰装飾や浮彫焼成レンガ


参考文献
「中央アジアの傑作 ブハラ」 SANAT 2006年