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2014/11/21

第66回正倉院展2 奈良時代の経巻に山岳図


装飾経というものは平安時代に始まったものと思っていたのだが、今回の正倉院展で、奈良時代すでに存在したことがわかった。
『日本の美術278装飾経』は、紺紙経や紫紙経には、大陸で、表紙の外面に金銀の唐草文様、表紙見返しに金銀で経典の内容に関係のある絵を描くことがあり、それが、平安時代には、しだいに普及したという。

梵網経 ぼんもうきょう 絵入りの表紙付きの経巻 本紙縦21.0全長1413.9軸長24.5㎝ 雁皮紙24紙半 1紙41行、1行17字 中倉
『第66回正倉院展目録』は、『梵網経』2巻は、5世紀に中国で成立した経典で、東アジアにおける戒律の基盤となった「梵網戒」と呼ばれる大乗菩薩戒を説く。日本では天平勝宝6年(754)の鑑真来朝の後に書写が増え、これを所依とする儀式が聖武天皇周辺で行われるようになった。同年の聖武天皇の受戒も『梵網経』所説によると推測されている。
本巻は、聖語蔵を除き、宝庫に伝来する唯一の経典である。謹厳で高い品格を備える筆は写経生の書風とは一線を画し、能筆の手による特別の書と見られる。
巻頭には紫色の表紙が継がれ、表裏とも金銀泥で彩られている。裏(見返し)は5、6弁の花文を配する簡便な装飾という。
見返しには、茎を表したのだろうか、不連続な縦の線がたくさんあり、その間に七曜文がおかれている。ところどころに金色の細い線が残っている。
同書は、表には山水景が描かれる。山水の構図は欠損のため明瞭ではないが、前景では岩場に下草や樹木が伸び、遠景に遠山を配す。間を蝶や鳥が飛ぶという。
近景には銀泥で枝に付いた葉や岩の輪郭などが描かれている。岩の輪郭に沿って、金泥をぼかして岩肌を表現している。左側の岩は表面が平たく、右側の物は凹凸のある岩と描き分けている。

同書は、おおらかな描写ながら、金銀泥による陰影や遠山の描写などは、黒柿蘇芳染金銀水絵箱(中倉156)と通じ、奈良時代における山水表現の様相を知らせる絵画として、また現存する奈良時代の経巻表紙絵としてすこぶる貴重といえようという。


黒柿蘇芳染金銀水絵箱 くろがきすおうぞめきんぎんさんすいえのはこ 献物用の箱 縦180.横38.8高12.5㎝  奈良時代(8世紀) 中倉
『第61回正倉院展目録』は、四方から中心に向かって山岳が迫り上がる海磯鏡に通じる構図は文様的要素を色濃く残すが、山襞を折り重ねた重層的な構成や闊達な筆致には、風景描写に長けた画工の存在が想起される。
樹木の幹や枝は金泥で樹葉や下草は銀泥で描かれるなど金銀の対比を生かした描き分けは効果を発揮しており、また暈(くま)を巧みに生かした山岳の描写は、唐代に発展した山水画の技法のわが国でのいち早い受容例と考えられ、遺例の少ない唐代絵画史の空隙を埋めるものとしても注目されるという。
唐代の山水図についてはこちら
同書は、山岳の周囲には、鶴やヤツガシラなどの鳥が舞い、瑞雲が湧き上がっている。また山岳から生える樹木は腰高く伸びやかに表され、唐代絵画に散見される双松の表現も看取される。山下には丈の低い草本類が描き添えられている。
特徴的な瑞雲の形状は、唐招提寺金堂の支輪板の文様との近似が従来指摘されており、床脚の刳形の鎬(しのぎ)立った彫法も加味して、天平勝宝5年(753)に来朝した鑑真周辺での製作を想定する説もあるという。
鑑真さんと共にやってきた画人が制作したということだろう。
岩の襞が面的、曲線的に表されていて、しかも金泥に濃淡がある。梵網経表紙絵(現状)の岩の表現とは比較にならない。梵網経表紙絵は、このような新来の山岳図を手本として日本の画人が制作したのかも。

檜金銀絵経筒 ひのききんぎんえのきょうづつ 巻物の容れ物 長26.8径6.0㎝ 中倉
『第66回正倉院展目録』は、梵網経を納めたとされる経筒。経巻にふさわしい大きさである。ヒノキの一木から刳り出した円筒形で、上方には立ち上がりをつけて、蓋(現状新補)が取り付けられている。側面には素地に銀泥によって装飾を施しており、花卉の間を蝶や鳥が舞い飛ぶ。上下は銀泥による連珠文をめぐらせ、下方では連珠文の間に、金泥による花文を配しているという。

同書は、文様構成は、同じ円筒形で、金銀泥による上下の連珠文と花卉文で飾られる双六筒(中倉173)に近く、文様は宝庫の献物几、なかでも例えば粉地銀絵花形几(中倉177第7号)の天板側面や、金銀絵棊子合子(中倉175)にみえるパターンと共通する。また、蝶や鳥の描写には梵網経表紙絵に通じる部分がある。表紙と本品は同時に用意されたものと考えてよかろうという。

粉地銀絵花形几 ふんじぎんえのはながたき 献物几 縦41.0横50.0高10.3㎝ 中倉 
『第57回正倉院展目録』は、サクラとみられる材を用いて製作されたものである。天板は4枚の材を矧いで猪目形に刳りのある長花形にかたどり、表裏ともに光沢のある白色顔料を塗り、側面に銀泥で花卉・飛鳥・蝶を散らし描きするという。

銀平脱合子 ぎんへいだつのごうす 琴柱や弦の容器 径15.1高5.1 北倉
『第62回正倉院展目録』は、蓋上面には、6本の蔓を放射状に伸ばす花文の周囲に、6羽の含綬鳥と折枝文を各6箇交互に並べ、身の立ち上がりには雲文15箇を並べている。含綬鳥の意匠には数種のバリエーションがあり、オシドリとヤツガシラの存在が確認できるほか、サンジャクと推定される鳥も含まれるという。


第66回正倉院展1 正倉を見に行く←  →第66回正倉院展3 鳥毛立女屏風には坐像もある

関連項目
中国の山の表現3 唐代
第66回正倉院展4 鳥毛立女の体型
第66回正倉院展5 鳥毛立女屏風に描かれた岩


※参考文献
「第57回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2005年 奈良国立博物館
「第61回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2009年 仏教美術協会
「第62回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2010年 仏教美術協会
「第66回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2014年 仏教美術協会
「日本の美術278 装飾経」 江上綏 1989年 至文堂