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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/03/11

窓にアラバスターの薄板



ロドスのヨハネ騎士団長の館の窓には、すべてではないがアラバスターの薄板が嵌め込まれていた。おそらく、14世紀に建立されてから1856年に火薬庫が爆発するまでは、窓ガラス全てがアラバスターだっただろう。
アラバスターは、日が射し込んでいる間は光を通すので、採光の役割は果たす。
それだけでなく、アラバスターの薄板は、縞模様が左右対称になるように並べられている。軍事拠点であっても、それくらいのゆとりはあったようだ。
そして、窓の中央の柱には線刻のような十字架が。

アラバスターの薄板が窓ガラスの代わりに使われていたことは、ギリシア美術に興味を持つよりも、ビザンティン美術を勉強するよりもずっと以前、ロマネスク美術に心を奪われていた頃に知った。
それでスペインやフランスの田舎に点在するロマネスク教会を巡って、アラバスターの窓を見つけた教会で、窓から日が差している間じっくりと眺めて、時の移ろいを感じたいという夢を抱くようになったのだが、なかなか実現せずに、今に至っている。

サンタマリア教会後陣 1123年献堂 スペイン、タウール
後陣側に日が差している時。
『ロマネスクの園』は、聖母子の向かって左にメルヒオール、右がガスパール、バルタザールの文字が見えるがこれはマギ(三賢王)の名である。これらの壁画は何十年か前に驢馬の背中にのせられて、はるばるバルセローナのカタルーニア美術館に運ばれて展示されている。現地には現在模作が飾られているという。
機会があれば、カタルーニア美術館も、タウール(現在はカタルーニア語のタウイとなっていることがある)にも行ってみたい。
それにしても細くて小さな窓。こんな窓から光が射し込んだとしても、教会堂内を明るくできたのかと思うほどだ。
夜または光の差していない時間帯
ミレニアムが過ぎても世界の終末はやってこなかったのは神のご加護があったからだということで、1000年以降信仰心が高まり、各地に教会堂が建立されたが、ローマ時代の建築技術は西ローマ帝国滅亡後失われてしまったため、アーチをつくることさえ困難で、ヴォールト天井を架けていて天井が崩れてしまうということも度々あったと、何かの本で読んだことがある。
『図説ロマネスクの教会堂』は、トンネルヴォールトでは横圧力と垂直荷重は下の壁体に均一にかかる(矢印)ので、壁体に大きな開口を設けることは難しいという。
そんな時代には、後陣でさえも小さな開口部を開くのがやっとだったのだろう。
壁画がコピーだとしても、このようなひなびた外観を見ると、ボイ渓谷には是非行ってみたいと改めて思う。

しかし、その短くはない年月には、他の時代にもアラバスターの薄板をはめ込んだ教会、あるいは墓廟があることもわかってきた。

ガッラ・プラチーディア廟 5世紀半ば イタリア、エミーリア・ロマーニャ州ラヴェンナ
地上階の奥壁と、リュネットそれぞれの中央に四角い窓がある。
ラヴェンナには、そして初期キリスト教時代にはもっと窓を大きく、たくさん開いた聖堂があるのに、この建物は数少ない小さな窓があるだけ。
『イタリアの初期キリスト教聖堂』は、この建物はガルラ・プラチディアが自分の墓廟として建てたと従来考えられていたが、今日ではそれは疑わしく、むしろ聖ラウレンティスの記念堂であったのではないかと考えられているという。
どちらにしても、この建物は墓廟として建てられたので、窓を大きく開く必要がなかったのだ。 
『イタリアの歓び』では、アラバスターの薄板から入り込む光のこの写真に1頁を割いていて、アラバスター(大理石の一種)の薄板を通過したやわらかな外光が、堂内をほのかに照らすという。
アラバスターの窓に注目した人が他にもいたのだった。

しかしながら、『ガラスの考古学』は、宙吹きガラスの技法が確立されると、ガラス容器の大量生産が可能となり、 ・・略・・ 窓ガラスまでも製作されるようになったという。
これは板ガラスのことだろうか、それともロンデル窓かな?

ポンペイ、スタビア浴場控え室の円窓 前2世紀
『完全復元ポンペイ』は、天井は半円筒形で、複雑なスタッコの浮き彫りが施されている。写真の奥にみえるのは運動場への出入り口、その上にガラスをはめこんだ小さくて円い採光窓があるという。
吹きガラスが誕生したのは前1世紀第3四半期頃とされているので、ロンデル窓はまだ登場していない。前2世紀では鋳造で平たいガラスを作っていたのだろう。

アラバスターの窓があることを知って以来、まず窓には光を通す石の薄板が嵌め込まれ、後に板ガラスができたのだと思っていた。
ところが、その後、ポンペイのガラス窓や吹きガラスのロンデル窓の存在を知り、必ずしもアラバスターの窓が歴史的に古いというわけではないことがわかってきた。


関連項目
ロドス島6 ヨハネ騎士団長の館1
ロドス島7 ヨハネ騎士団長の館2
ポンペイでスタビア浴場を見学したかった理由


※参考文献
「ものが語る歴史2 ガラスの考古学」 谷一尚 1999年 同成社
「完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ」 サルバトーレ・チロ・ナッポ 1999年 ニュートンプレス
「ロマネスクの園」 高坂知英 1989年 リブロポート
「中世が見た夢」 小佐井伸二 1988年 筑摩書房
「建築と都市の美学 イタリアⅡ神聖 初期キリスト教・ビザンティン・ロマネスク」 陣内秀信 2000年 建築資料研究社
「イタリアの歓び 美の巡礼 北部編」 中村好文 2003年 新潮社
「図説 ロマネスクの教会堂」 辻本敬子 ダーリング・益代 2003年 河出書房新社
「建築巡礼42 イタリアの初期キリスト教聖堂 静なる空間の輝き」 香山壽夫・香山玲子 1999年 丸善株式会社