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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/11/05

第65回正倉院展1 樹木の下に対獣文



正倉院宝物を初め、日本に残る古い染織品に限らず、中国やもっと西方でも
左右対称の文様をよく見かける。中でも、樹木や草花を挟んで、両側に向かい合った動物を配置した対偶文あるいは対獣文と呼ばれる文様は古くから制作されてきた。
それは生命の樹を中心にしたものが最初であったのではないかと思うが、どこまで遡れるかはまだ調べていない。
このところギリシアで見たものについてまとめているが、つい最近オリンピア考古博物館の展示品にも対偶文を見付けていた。それは後期ヒッタイト時代のアッシリア様式(前8世紀)の青銅板に打ち出された羊の対獣文で、生命の樹をデザイン化したような植物を挟んで向かい合っていた。ただし頭部だけはそっぽを向いている。
それについて詳しくはこちら
今回の正倉院展でも樹木を挟んで向かい合う動物文を見付けたので、取り敢えず今年の正倉院宝物はこの文様から。

樹下鳳凰双羊文白綾 じゅかほうおうそうようもんしろあや 径約51 絹 北倉
同書は、岩の上に立つ南国風花樹の下で向かい合う鳳凰を表した文様を中心に、その左右に樹下双羊文様を表し、それらの隙間に花卉・見返り鳥・花喰鳥・蝶・霊芝雲文様を対称的に配した文様の綾であるという。
元の生地がどのような幅だったのか、どの図を中心に置いてデザインしたものか、よくわからないのだが、樹下鳳凰文は円の中心からややはずれている。ということはこの円形の布そのものが主役ではないようだ。
同書は、この綾の用途は、形状から見ると鏡箱の嚫(うちばり)か献物几の褥の類と思われるという。やっぱり。
樹下鳳凰文
殊に織物で対偶文をよく見かけるように思う。それはパターン化し易いからだろうか。
樹木に比べて鳳凰は大きく立派に表されている。

また、拡大してみると、織物というよりは刺繍に近い。
同書は、この綾は、経右上がり流れ三枚綾地に緯糸を浮かせた綾地浮文綾である。
浮文綾の特徴は、表面に緯糸が長く浮いているために絹特有の光沢が強く文様が白く輝いて見えることである。しかし、綾文綾のように組織の隅々まできちんと綾目に織られていないために文様細部の明晰さに欠けていて、それが柔らかい風合いにも通じているという。
樹下双羊文
こちらは樹下鳳凰文よりも小さく織り出されている。その割りに樹木が大きく、枝垂れ気味。
立派な木の下には見慣れない羊が向かい合う。
正倉院展では(というよりも奈良博の特別展では常に)、東新館の南側から見ていくようになっている。特に南壁は一面が展示ケースになっていて、人だかりがすごくて、他の場所から見ていくこともしばしばだが、今年は運良く人も多くなく、すんなりと鑑賞の列に続くことができた。
まず「鳥毛帖成文書屏風」2点があり、続いて「鹿草木夾纈屏風」とその袋、同じ図様の屏風と並んでいたように記憶している。

鹿草木夾纈屏風 しかくさききょうけちのびょうぶ 板締め染めの屏風 1扇 縦149.5横56.5 絹(絁) 北倉
『第65回正倉院展目録』は、大きな樹木の手前で2頭の牡鹿が左右から草花を挟み、花の香りを嗅ぐようにも、花を喰むようにも見える。樹木の上方には鳥が飛び、樹下には草花が咲く。画面は完全に左右対称であるが、これは夾纈と呼ばれる染色技法により、2つ折りにした絁(あしぎぬ)を板締めにして染め、図様を表し出したためであるという。
この夾纈という染め方では、布の折り目から対称に展開するらしい。樹下で向かい合う動物文には最適な方法だ。
ところが、大きな木から動物は離れて表され、樹下とは言えない。
広葉樹に赤い実あるいは花のなる房がさがっている。
全くの左右対称とはいえ、染め物なので、輪郭がはっきりしていないので、柔らかい印象を受ける。
幹の両側には動物の代わりに草花が表されるが、どういう訳かそれぞれに濃淡がある。上の木の葉も、左側の方が緑色がよく残っている。褪色のせいか、染めた当初からか。
あまり大きくない植物を間において動物が向かい合うのは、後期ヒッタイトの図に似ている。
乾燥した土地でできた低い木の両側に向かい合う動物というモティーフが、湿潤で木が生い茂る地方で木が高くなった。その内に木から動物が離れて、新たに低い草に寄っていき、元の生命の樹の高さに戻っていった。そんなことを思わせるような作品だ。
生命の樹と動物の組み合わせについては、いつの日にかまとめる予定です。

おまけ
揩布屏風袋 すりぬののびょうぶぶくろ 前面縦152.0横53.2側面厚14.8 麻 中倉
同書は、屏風1畳を折りたたんで収納するための麻布製の袋。一枚の麻布を縦に折り返して前面と背面を作り、背面を少し長めにとって口覆いとし、両側面には別布を縫い付けて襠(まち)としている。麻布には草花をモチーフとした2種の文様を交互に、版画のように色を付けた版木を摺り付けて表すという。
屏風は6扇で1畳という単位となる(今でいう6曲)らしく、1畳をたたんで、この中に収納したということらしい。


第64回正倉院展8 螺鈿紫檀琵琶に迦陵頻伽
                  →第65回正倉院展2 漆金薄絵盤(香印座)に迦陵頻伽

関連項目
生命の樹を遡る
オリンピア考古博物館2 後期ヒッタイトの青銅板
日本にある連珠円文
第65回正倉院展7 花角の鹿
第65回正倉院展6 続疎らな魚々子
第65回正倉院展5 六曲花形坏の角に天人
第65回正倉院展4 華麗な暈繝
第65回正倉院展3 今年は花喰鳥や含綬鳥が多く華やか

参考文献
「第65回正倉院展目録」 奈良国立博物館編 2013年 仏教美術協会