アルメニアのキリスト教会には、ムカルナスだけではなく、もう一つイスラーム建築の要素が採り入れられている。それはアーチ・ネットと呼ばれるものだ。
アーチ・ネット ホラケルティヴァンク修道院 12-13世紀
『アルメニア共和国の建築と風土』は、他のアルメニア建築ではみられない、ドラム部分が独立柱で構成され、ドーム部も6つのアーチを組み合わせた六芒星を構成するイスラーム建築にみられる装飾的なものとなっているという。
リブ状の6本アーチが三角形を2つ作っていて、それを芒星と呼ぶのだが、それはアーチ・ネットとして機能している。
アーチ・ネット ネフチヴァンク、スルブ・アストヴァツァツィン修道院、ガヴィットのドーム 13世紀
入り口回りにイスラーム建築の特徴を示すムカルナスの装飾が認められるという。
正方形の四隅に、ペンデンティブでもなくスキンチでもない、3段の持ち送りを出して12角形とし、三角形の文様帯の上を18角形にしてドームを導いている。
ムカルナスはドームのリブ状のアーチの起点にもある。
このドームも6本のアーチで2つの三角形を構成している。
アーチ・ネットとは何か。
『イスラーム建築のみかた』は、アーチ・ネットとは、アーチを立体的に交差させて曲面架構を造る一つの技法で、アーチの工夫から生じたものである。アーチの交差を立体的造形に用いて天井を構築したのがアーチ・ネットである。アーチによって織り上げられた籠状の造形から、建築史研究者はアーチ・ネットと呼ぶ。現代の建築史用語である。イランでは、アーチ・ネットのことをラスミ・サーズィーと呼ぶ。ラスムとはペルシア語で「正確な」とか「きっちりした」ことを意味し、サーズィーは「細工」を意味している。
アーチ・ネットを使った古い例は、スペインのコルドバに建てられたメスキータ(金曜モスク)にある。ハカム2世が増築した天井で10世紀末に遡る。これらは、太いリブ状のアーチを使って、まるで天井を籠細工で置き換えたかのような形をしている。リブが「あばら骨」を意味するように、本来は曲面架構を支える構造的な骨格であったという。
メスキータのドームには8点星、アルメニアの教会には6点星(六芒星)という違いだけで、非常によく似ている。
10世紀後半にユーラシアの西の端で、イスラーム美術として出現したアーチ・ネットが、どのようにして、12-13世紀のアルメニアのキリスト教美術の中に現れたのだろう。
※参考文献
「アルメニア共和国の建築と風土」篠野志郎 2007年 彩流社
「世界美術大全集東洋編17 イスラーム」1999年 小学館
「イスラーム建築のみかた 聖なる意匠の歴史」深見奈緒子 2003年 東京堂出版