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忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2011/02/22

サンタ・コスタンツァ廟(Mausoleo di Santa Costanza)2 人物の自然主義絵画

パターン4は四隅から伸びた葡萄唐草は中央に向かうが、中心には別の蔓が弧を描いて胸像を囲んでいる。パターン4は2つあるので胸像も2つあって、それぞれ別人の顔のようだった。それがコスタンツァと姉妹のヘレナかも知れないと想像した。どちらがコスタンツァでどちらがヘレナか、『世界美術大全集7西欧初期中世の美術』が、牧歌的な情景の中央に描かれた女性胸像は、この墓廟に埋葬された皇女コンスタンティナと見なしてもよいであろうと挙げている方をコスタンツァとしよう。
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コスタンツァの肖像について同書は、コンスタンティナの顔にみられる絶妙なハイライトの使用や、青から褐色へと変化するニュアンスに満ちた陰影表現など、ヘレニズム美術の伝統に根差した自然主義絵画が、当時も根強く生き続けていたことを示すという。
顔の右半分に青いガラスのテッセラが使われ、右頬から首にかけての輪郭ともなっている。髪も焦げ茶に黒い線を入れて平板さを避け、黒い線は顔の左側や首の輪郭にもなっている。
襞の多い当時の衣服も、陰影をつけてよく表現されている。
肖像だけでなく、3枚の広がった葉として表現される葡萄の葉でさえ色に濃淡があるし、実も青いテッセラと黄色あるいは金色のテッセラとで立体感がある。周囲に3羽鳥がいて、種類は同じようだが、羽をすぼめているもの、広げているもの、反り返らせているものと、それぞれ異なる表現をしている。
実は、葡萄の実だけでなく、小鳥、そして中央のコスタンツァの衣服にも金箔テッセラが使われているのではないかと思っている。
一方ヘレナの肖像は、額と鼻以外は陰になっている。首も陰になっているが、前の2本の筋が表され、立体感がある。髪の癖毛の様子といい、きゅっとすぼめた口元といい、特徴をよく掴んだ表現だ。上のコスタンツァ像よりも若く見える。
着衣は、左肩にかかるものは赤く、他は黄色い。衣褶が彫像かと思うほどに繊細に表現されている。
どうもコスタンツァ像よりもこのヘレナ像の方が、細かなテッセラを使ってより精密に作られているようだ。
葡萄の蔓は緑だけでなく褐色も使われ、葉は大きなもの、縮れたもの、形も様々で、輪郭には黒っぽい色が見られ、葉脈などに黄色っぽい色が差してあるなど、こちらの方が写実的というか、実物をよく観察した表現となっている。
ところがヘレナを囲む蔓の近くには鳥がいない。この区画全体を見ても、薄い色の小鳥が2羽ほど横向きで表されているだ。
また、ヘレナの服や髪、葡萄の実には金箔テッセラが使われているように思う。
近くにあるサンタニェーゼ聖堂(Sant’Agnese Fuori le Mura)のアプシス・モザイク、サンタニェーゼ像(625-638年頃)と比べると、360年頃に作られたコスタンツァやヘレナの自然主義絵画というのがよくわかる。
まず、2人と違ってサンタニェーゼは正面を向いている。目は下方から見上げる信者たちを見下ろしもせず、どこか遠いところを見つめている。
顔は何の陰影もなく、頬は赤一色で表される。顎の線の下に少し影が表現されているが、それがこの像の唯一の自然な描写だろう。
正面向きで硬直し、厳格な左右対称のもとに、無機質な金地に立つ人物像、完全に緑の帯となった緑野など、幾何学的な単純性を追求しつつ、従来とはまったく異なる、いわば中世的な空間秩序を創出する意欲がうかがえるという。
コスタンツァとヘレナのモザイク壁画は古代の自然主義の下に作られたが、中世へと向かうに従って、自然な表現から平板な表現へと変化していく。
聖人たちの住む世界を虚空に表現することで、神秘性を高めるようになるのだろうか。
ところで、サンタニェーゼ教会後陣のモザイクは金地であった。きらきらと輝いていたが、このように拡大すると金色も様々だ。乱反射のせいだろうか。遠くからはわからないので、金箔の品質を落としたり、銀箔を挟んだガラスを使ったりしたものも使われたモザイク壁画もあるという話も聞いた気がする。
このような背景や、玉石飾りの衣装の金地に比べて、サンタニェーゼの両肩には、より金色に近いというか、黄色っぽい箇所があるのだが、これは背景の金地よりも品質の高い金箔が使われたのだろうか。それとも黄色?気になるなあ。

見学していて、サンタ・コスタンツァ廟の周歩廊天井モザイクの6つのパターンの中や縁取りには、金箔テッセラを使ったものが確認できたが、堂内の暗い照明では、他のものには金箔テッセラが使われていたのか、いなかったのか、見分けることはできなかった。

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ヘレナやコスタンツァの表された壁面にも金箔テッセラが使われていたのではないかと思うのだが、確信が持てない。

※参考文献
「世界美術大全集7 西欧初期中世の美術」(1997年 小学館)