お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2010/05/04

世界のタイル博物館5 クエルダ・セカとクエンカ技法

クエルダセカというタイルの彩色法を聞いたことがある。黒い輪郭線があることで他の色と混ざらないので彩色豊かなタイルを焼くことができるという。 

白地多彩草花文タイル スパニッシュ・マジョリカ 18世紀 113~115 世界のタイル博物館蔵 
『世界のタイル・日本のタイル』は、マジョリカ陶器とは、狭義には15-16世紀のイタリア製軟陶上絵陶器を指す。その源流は、イベリア半島経由でヨーロッパにもち込まれたイスラームのやきものだという。
けれども、スパニッシュ・マジョリカと呼ばれるスペインの手書きタイルが、イスラーム起源かどうかはっきりしない。16世紀以降に、イタリアもしくはフランドルの画工からもたらされたともいわれている。
いずれにせよ、18世紀頃のスペインではタイル絵が盛行し、ここに挙げるようなさまざまな手書きタイルがつくられたという。 
典型的なスペインのタイルで、輪郭が黒い線だが、色が外に滲んでいる。これはクエルダ・セカではない。
クエルダセカはスペイン語なのに。
スペイン製のタイルには、黒くはないが輪郭線のあるタイルがある。クエンカ技法というらしい。クエンカは地名から付けられた名称だろう。

8世紀半ば以降、イベリア半島南東部を支配したイスラーム教徒によって、新しい製陶技法がヨーロッパ大陸にもち込まれた。15世紀後半には、油性顔料で輪郭線を描くクエルダ・セカ技法が、続いてクエンカと呼ばれる技法が伝わった。
クエンカ技法は、型を使い、輪郭を残して文様部分を凹ませ、この凹部に色釉を詰めて焼成するもの。モザイクに近い効果が得られる。16世紀初頭に、セヴィリア地方で量産されたという。  
クエルダ・セカもクエンカもイスラームから伝えられたものだった。 

スペイン製のクエルダ・セカ・タイルはなかったが、クエンカ・タイルはいろいろと展示してあった。

ラスター・コバルト彩タイル クエンカ技法 16世紀 413X413 世界のタイル博物館蔵
なんといっても大きいので目立つ。そしてこの色彩と文様。ラスター彩の金属的な光沢の組紐がコバルト色の輪っかをつなぎ、間地にコバルト色の花十字がある。輪っかの中には双方を組み合わせた花文が配される。
『聖なる青 イスラームのタイル』は、光の角度によって玉虫色のように微妙な輝きをみせるラスター彩は9世紀から13世紀の間に中近東地域でのみ生産された。幻の名陶である。
一見、金彩のように見えるが釉薬や顔料の金属酸化物が表面に皮膜をつくって虹のような光彩をつくりだしているという。
ラスター彩はイスラーム世界ですたってしまったが、スペインでは今もあるというのは聞いたことがある。
確かに色のついたところが白地よりも凹んでいる。「輪郭を残して文様部分を凹ませ」ると文様の周辺に輪郭線のようなものが残るのだろうか。       
多彩幾何文タイル 15世紀 クエンカ技法 143X142X22 世界のタイル博物館蔵
白い帯が表に出たり、くぐったりしながら、複雑な幾何学文の輪郭となっている、これだけ見たらイスラームのタイルかと思ってしまう。
おそらく4枚を左下隅の緑色の部分中心に並べると、中心に多角形ができて、そこからこれらの幾何学文が花が開いたように派生して見えるだろう。
色のついた所よりも白の帯に赤っぽい輪郭線があるように見える。釉薬の部分が凹んでいるとしたら、輪郭線は胎土そのものの色ということになる。    
白地多彩幾何文タイル 15世紀 クエンカ技法 140X140 世界のタイル博物館蔵
8点星八角形の凸角に変則的な六角形が付いて、2種類の開いた花のように見える。 
こちらもイスラーム的な意匠のタイルだ。スペインでは1492年にグラナダが陥落するまでイスラームの王朝が存続していたので15世紀にこのような幾何学文があっても不思議ではない。
こちらにも赤っぽい輪郭線が見える。やつぱり輪郭線だけ素焼きになるのだろう。 
そういえば、30数年前スペイン旅行をした時にもらった観光用パンフレットにグラナダのアランブラ宮殿のタイルが紹介されていた。
長年不思議な文様で、調べても幾何学文ということしかわからなかった。数年前にイスラーム建築について深見奈緒子氏の講演を聴いた時に質問してやっと名前がわかった。上の2点はそのタイルによく似ている。

12点星ロセッタのある幾何学文 14世紀
深見氏は、幾何学文と総称されるものです。細かくいうと、上の方は中心の星が12の角を持っているので12点星、そしてロセッタという甲虫のような6角形があるので「12点星ロセッタのある幾何学文」と呼ばれているという。
「白地多彩幾何文タイル」で「変則的な六角形」と表現したものは「ロセッタ」というのだった。
20点星組紐文のある幾何学文 14世紀
中心の星が20の角を持っているので20点星、そして各色タイルの間に白い帯状のものが輪郭を描いているので組紐文ということで、「20点星組紐文のある幾何学文」という風に呼ばれている。
イスラーム以前からあった文様で、建築装飾に使われる前から、象嵌や寄せ木細工などの木製品にあるのではないかという。
このタイルは「多彩幾何文タイル」が縦横2枚ずつ組み合わせてできる文様のパターンだ。   
アランブラ宮殿のタイル(14世紀)は、よく見るとクエンカ技法のように1枚のタイルにくぼみをつけて作ったのではなく、色の異なるタイルをそれぞれの形に切って組み合わせたものだ。クエルダ・セカもクエンカ技法も、そのような気の遠くなるような作業を簡便にするための工夫だったのでは。

※参考文献
「世界のタイル・日本のタイル」(世界のタイル博物館編 2000年 INAX出版)
「聖なる青 イスラームのタイル」(INAXBOOKLET 山本正之監修 1992年 INAX出版)
「グラナダの観光用パンフレット」(スペイン語ではHを発音しないのでアルハンブラではなくアランブラにしました)

深見奈緒子の著作は「イスラーム建築の見かた 聖なる意匠の歴史」(2003年 東京堂出版)・「世界のイスラーム建築」(2005年 講談社現代新書1779)など