棺床の上には小さな銅鏡が突き立っている。元は木棺に立てて置かれたのだろう。復元墓室の裏側には、古墳内が覗けるような穴があって、覗くとこの銅鏡が見えるようになっていた。それは何を示すのだろう。
粘土棺床は長さ約6.2m、幅約1mほどある。木棺はこのうえに安置された。粘土棺床は南北で高さに少し差があり、北にやや高く設置されている。これは遺体の頭部が北方向であったことを示している。また特に赤く染まっているところは水銀朱が検出された部分であるという。
棺床の中央部が特に赤くなっているので、そこに木棺が安置されていたと思われる。おそらく小さな銅鏡は被葬者の頭部付近に立て掛けられていたのだろう。魔除けだろうか。


古代の首長たちが、鏡に表現された不老不死や神仙思想という中国の思想を受け入れたと考えられていますという。
やっぱり神仙思想は受容されていたのだろうか。

『シリーズ遺跡を学ぶ035最初の巨大古墳』は、鋳型から製品をつくるときに、もっとも苦労するのは、鋳型からの取り出しの際と聞く。中央はともかく、端部は溶かした銅が周りにくく、鋳型剝離の際に欠けたり潰れたりもするそうだ。それを防ぐには、端部をはがしやすい形にするとよいとのこと。端部まで画文の入った複雑な文様より、三角の形のほうが鋳型からはがれやすい特徴をもつ。中国の官営工場で繊細に丁寧につくられたものが、場所を変えれば端部がはがれやすい、より手抜きした形式に変化しても、なんら不思議ではないと考えられる。だからこそ、神獣鏡が多く製作された中国大陸に、三角縁神獣鏡が1枚も出てこなくて、三角縁のものは日本にだけ集中して出土してくるのであるという。
それなら、舶来の画文帯神獣鏡は枕元に、日本製の三角縁神獣鏡は棺外に置かれるというのは不思議ではないなあ。

※参考文献
「黒塚古墳案内板」(天理市作成)
「黒塚古墳展示館冊子」
「シリーズ遺跡を学ぶ035 最初の巨大古墳・箸墓古墳」(清水眞一 2007年 新泉社)