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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2009/07/17

アナトリアにはミダス王の木槨墓

 
『スキタイと匈奴』は、木槨と木棺というような構造は世界的にも広く見られるという。木槨墓が広く見られるものなら、トルコの首都アンカラの文明博物館にあったミダス王の墓室もかも。

ミダス王の墓室 木槨墓 内室は6.2X5.15m 前8世紀後半 ゴルディオン
『アナトリア文明博物館図録』は、ドアはないが三角形の破風がついている。内室の隅から見つかった遺骨は身長1.59mで60才以上と見られるがこの歴史学上貴重な墓はミダス王のものと思われているという。
同博物館で見学した時は積石塚も木槨墳についての知識も全くない頃だったので、墓室の天井が高いのは、生活していた部屋を再現したためだろうくらいにしか思わなかった。
奧にある木製の舟のようなものが棺だという説明があったと思う。 『世界美術大全集』は、フリュギアの墳墓は、太い木材を組み合わせて切妻型の墓室を作り、それをまた木材を組んだ部屋と切石による囲みが覆い、さらにあいだに砕石を充填するという手の込んだものであった。そのおかげもあって墓室に納められた副葬品の保存状態はひじょうによく、家具などの木製品も当時の状況そのままに出土したという。
構造としては、木槨木棺墓を石槨が取り囲むという形らしい。しかもその間に砕石を詰めるというのは、今までの木槨墓にはなかったのではないか。 『世界美術大全集』は、フリュギアに見られるもう一つの特徴は、モニュメンタルな摩崖遺構の存在である。岩壁に神像や王像が直接彫り込まれたヒッタイト時代のものとは異なり、フリュギアの場合は建物のファサード(正面)を彫り込み、その一部に神像を安置するための壁龕(ニッチ)が穿たれる。こうした例はヤズルカヤ(通称ミダスシティー)など、首都ゴルディオン以西のエスキシェヒール地域周辺で確認されている。岩に彫り込まれた建物のファサードは、当時のフリュギア建築の特徴をよくしのばせてくれるものである。三角のペディメントや屋根の頂部に見られる棟飾りも明瞭に描かれ、基本的には切妻型のもので、ギリシア建築との関連の深さが考えられる。ファサード全面に幾何学文による装飾が施されている。さらにギリシア語風のアルファベットによる碑文も刻まれており、そこにはミダス(Midai)という文字も認められる。
フリュギアの美術においてそのモティーフの基本となっているのは、複雑にしかし整然と組み合わされた幾何学文様である
という。
この壁面の幾何学文様はいつの日にか間近で見てみたいものだ。迷路のように縦横に曲がったり交わったりしながら壁面いっぱいに広がる帯の間に、十字形と四角形がそれぞれの列が規則性を持って並んでいる。
私はこの壁面を写真で見て、この向こうにあの墓室があるのだと、ずーっと思っていた。しかし、王墓とは全然違う場所にあったのだ。 『世界美術大全集』は、フリュギアの首都であったゴルディオン(ヤッス・ホユック)には、市域の東方に大小さまざまな規模で80基以上の墳墓が認められ、首都の景観に独特のアクセントを加えている。
このように土を盛った墳墓、すなわち古墳を築くという伝統は、それまでのアナトリアには見ることができず、フリュギアによって新たに導入されたものである
という。
『古代王権Ⅲ』は、アンカラから南西へ80㎞ほどのところにその首都であったゴルディオンの遺跡があり、その近傍に古墳群が形成されている。最大のMM号墳は高さ53m、直径300m弱の威容を誇り、数々の逸話で有名なミダス王(在位前738-696年頃)の墓といわれている。この墓はまず地表に大きな角材と丸太を組み合わせて墓室となし、その上を石で覆い、さらにその上に盛り土をして造られているという。
これまで見てきた大古墳の中でも、群を抜く規模である。慶州で町中にある積石木槨墳の近くを歩いて回っても小さな山がポコポコあるように感じたくらいなので、ミダス王の墓は、現地で見ると山としか思えないだろうなあ。
尚、下の断面図に描かれているトンネルは発掘時に設けられたという。 『古代王権Ⅲ』は、リュディアとフリュギアの古墳については、北方草原地帯の遊牧民(スキタイなど)からの影響と見る考え方もある。確かにとりわけフリュギアの古墳の構造は前期スキタイ時代の古墳と類似する点が多いが、年代的にはほとんど同時かむしろフリュギアの方がやや古いくらいなので、簡単に認めるわけにはいかないという。
『世界美術大全集』は、歴史記述を総合すると、フリュギア人はその故地であったマケドニアやトラキアからアナトリアに移住してきたという。
このアナトリアの地に突然出現した巨大な墳墓は、いったいどこからきたのだろうか。
『世界歴史の旅トルコ』は、最近の研究ではミダスのものではないとする説もあるという。
誰の墓にしろ、王墓級で、しかも当時その国が繁栄していたのは確かだろう。

※参考文献
「興亡の世界史02 スキタイと匈奴」(林俊雄 2007年 講談社)
「アナトリア文明博物館図録」(トルコ、アンカラの同博物館)
「世界歴史の旅 トルコ」(大村幸弘 2000年 山川出版社)
「古代王権の誕生Ⅲ 中央ユーラシア・西アジア・北アフリカ編」(角田文衛・上田正昭監修 2003年 角田書店)
「ゴルディオン 木製家具」(1992年 アナトリア文明博物館)
「世界美術大全集東洋編16 西アジア」(2000年 小学館)