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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2007/12/03

壺鐙って何?-藤ノ木古墳の全貌展より




橿原考古学研究所附属博物館の2007年秋季特別展「金の輝き、ガラスの煌めき-藤ノ木古墳の全貌-展」に行った。藤ノ木古墳は1985年に発掘調査が始まった未盗掘の古墳である。同年に石室の石棺周辺から豪華な馬具が発見された。築造時期は6世紀後半とされている。 

その内、金銅製馬具(Aセット)の中に壺鐙と呼ばれるものが発見された。
日本で最古の鐙は3世紀末から4世紀初めに箸墓古墳から出土していて、木製の輪鐙(わあぶみ)だった。
輪鐙はわっかというのはわかるが、壺鐙ってどんなものだろう?実際に遺物を見ていても、図解してあっても、よくわからなかった。壺という文字からイメージできないのだった。後で図録を見ていて、ようやく、足の前側に覆いのあるものらしいとわかった。装飾的なものは鳩胸金具というらしい。鉄地金銅張り馬具(Bセット)にも壺鐙が含まれていたが、Aセットのものとは似ても似つかないものだった。壺鐙で検索すると、吹田市立博物館のウェブサイトで鉄地黒漆塗壺鐙が紹介されていた。その画像を見ると、平安時代にお公家さんが馬に乗る時に使うものという印象を受ける。
平安時代といえば、『伴大納言絵巻』(12世紀後半)に貴族の馬に乗っている場面が幾つかあり、そのどれもがよく似た形の壺鐙を付けている。漆塗りの木製品かと思ったが、吹田市立博物館のものが鉄地なので、きっと鉄製なのだろう。 『伴大納言絵巻』では武士も壺鐙だった。 ところが伴大納言絵巻に描かれた鐙は壺鐙ではないということがわかった。壺鐙は西日本新聞の03年5月14日朝刊掲載の国博に「宮地嶽出土品」九州の国宝 期間限定“里帰り”金剛壺鐙など東京から移管へに写真が掲載されています。伴大納言絵巻の鐙は舌長鐙のようです。

時代を遡ってみると、奈良時代の上品蓮台寺蔵「絵因果経」(奈良時代)には馬具をつけた馬が描かれているが、鐙はないようだ。正倉院宝物の「木画紫檀琵琶」の捍撥に狩猟饗宴図が細密画で描かれている。ここでは輪鐙に足を通した人物がいわゆるパルティアンショットで虎を射ようとしている。『図説日本文化の歴史3奈良』で舶載品であろうということである。
というわけで、壺鐙が平安時代にはどのような形かわかったし、藤ノ木古墳の馬具Aセットのものもなんとなく想像がつくが、馬具Bセットの壺鐙が当初はどのようなものだったのかよくわからない。しかし、同博物館の常設展で同じような形の壺鐙を見たので、当時一般的なものだったのだろう。
なんとなく平安時代の壺鐙は日本独特のもののような気がする。壺鐙は藤ノ木古墳の6世紀後半にはすでにあったのだが、当時、騎馬民族ではない日本人に適した鐙の形として作られていたのだろうか。

※参考文献
「金の輝き、ガラスの煌めき-藤ノ木古墳の全貌-展図録」 2007年 橿原考古学研究所附属博物館
「図説日本文化の歴史3奈良」 黛弘道編 1979年 小学館

※参考ウェブサイト
吹田市立博物館のウェブサイト 鉄地黒漆塗壺鐙
西日本新聞の03年5月14日朝刊掲載の国博に「宮地嶽出土品」九州の国宝 期間限定“里帰り”金剛壺鐙など東京から移管へ