お知らせ

忘れへんうちに 旅編では、イスタンブールで訪れたところを長々と記事にしています。その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2007/08/20

トルファン、交河故城にも窰洞(ヤオトン)



夏になると思い出すのが西域旅行だ。このところ猛暑が続いているが、トルファンはもっと暑かった。お昼前に見学した東南郊の高昌故城では40度もあったが、トルファンにしてはものすごく暑いとは言えない温度だった。
現在の市街地から西10㎞にある交河故城は翌朝見学した。文字通り2つの河に挟まれた中州にある。
トルファンに戻ってバザールの近くにたまたまあった書店で見つけた小冊子『交河故城』は「シルクロード城郭古都の美を感受する」という妙な直訳の日本語訳の副題がついている。本文も日本語訳がすごいので、それを意訳すると、台地の断崖の高さが30mで両側にヤルナーズ河が流れている。台地の形は柳葉状で南北1700m、東西で一番広いところが300mです。紀元前2世紀から車師人が暮らし、その王国の都城として最古の記述が「漢書西域伝」にある。漢代より北涼(5世紀)まで存在した。 

640年に唐王朝は高昌国を滅ぼし、交河郡を設立して西州に属した。
9世紀にウイグル族が交河城を建築し、高昌ウイグル風の遺物も少なくない。13世紀の末になって(元代)交河故城はだんだん廃棄されたという。
様々な時代・民族の遺構が残る遺跡だ。南側にスロープのある道があり、そこから入城した。当時も両側の河の交わるこのあたりから人々は行き来したのだろう。北側は青空が見えているのに、南側は雲に覆われていたおかげで、前半は日陰の状態で見学することができた。『建築巡礼16 中国大陸建築紀行』は、船首に相当する南の入口から城内に入ると、幅10mほどの大通りが交河城最大の遺構である仏教寺院まで続く。  
住居をはじめ多くの建築が自然の大地を掘り抜いて造ってある交河城にあって、用途のはっきりしない地下建築がある。高さ2mほどの土塀が巡らされた一角に、1辺が約10mの矩形の竪穴を深さ6mほど掘り下げ、これを中庭とする四周の壁に横穴を穿った遺跡で、形態的には私達の旅の目的である黄土高原の地下住居、「下沈式窰洞住居」そのものだが、城内に一つしか見られないところから住居とは考えにくく、廟とか監獄の跡という説も実証するものは何もない。しかし私達にとっては下沈式の窰洞建築には違いない
という。

それを読んで、私の頭に浮かんだのは、「官署遺址」だった。その説明板には、1994年に一大型古井が考古学的に発掘されたというようなことが書いてあった。我々は金属の囲いの向こうの階段から降りて入ったが、四角い空間しかなく、その周囲ばかり撮って、空間そのものの写真は撮らなかった。小冊子『交河故城』に平面図があった。階段(A)を下りてその四角い空間(D)へ入る。土地を掘り下げた壁面が両側にあり、同じ色ながら、版築や日干しレンガとはまた風合いの違うものだった。確かに、ヴォールト天井(半円筒形・トンネル型の天井。中国語では巻頂天井)の部屋が周囲にあった。これが窰洞だとは思ってもみなかった。Bは崩壊したのか、明かり取りなのか、奥に穴が開けられていた。Cは逃げ道であると、ガイドの丁さんが教えてくれた。左にカーブしながら続いていることがぼんやりと見える。Bと比べると天井の堀り方が雑なので、秘密の通路と言われれば、そうかなと思うようなものだった。これも窰洞というのだろうか?同書によると、東から段階を降りると天井庭院に着く。庭院は方形で交河県の官署であると天井という言葉がでてくる。そして平面図には、天井院和窰洞面積・・・と、窰洞という文字もあった。この本には簡体文字で記してあるのだが、ヤオトンが窰洞という漢字であることも知らなかった。
説明板には、官署は唐時代に安西都護府の最高行政機関があったとしているので、漢族が唐時代に造ったものとわかる。『中国大陸建築紀行』で中澤氏が「高さ2mほどの土塀が巡らされた」 というのは、このような途切れ途切れの周壁のことだろう。『シルクロード第5巻 天山南路の旅』は、南区の中央に一段深く7、8m堀りこまれた広場があった。監獄跡だろうという。下に降り、門口と思われるところから入ると、10mほどの「トンネル」を通って広場に出る。15m四方はあろうか。ここには、小作料を払えなかったり、賦役や兵役を逃れようとしたり、「過料」をもたずに旅した人たちが押しこめられたのだろうか-さえぎるもの一つない陽光が容赦なく注ぎ、暑熱はたまって動かず、往時の人びとの怨嗟の声が聞こえてくるようだという。

トルファン住民の言い伝えから空想を膨らましている。我々も「官署遺址」よりも「監獄跡」の方が熱心に見学できたかも知れない。「10mほどのトンネル」というのは、Cの逃げ道のことだろう。せっかくだから、我々も通ってみたかったなあ。

※参考文献
「建築紀行16 中国大陸建築紀行」 茶谷正洋・中澤敏彰・八代克彦 1991年 丸善
「交河故城 シルクロード城郭古都の美を感受する」 2004年 新疆美術撮影出版社
「シルクロード第5巻 天山南路の旅」 陳舜臣・NHK取材班 1981年 NHK出版