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忘れへんうちに 旅編では、中央アジア各地、イランの旅に続いて、フランス南西部のオクシタニー地方の旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2017/09/12

ハフト・テペからの出土品


ハフト・テペ遺跡に併設された博物館
説明を見逃したが、アケメネス朝風の柱礎がいくつか。
ペルセポリスのアパダーナにあった柱礎に似ているが、やはり違う。

土製容器 前15-14世紀
巨大な散り蓮華のよう。皿や鉢なら丸く作っただろう。何か特別な時に使ったか、特別な物を入れる器では?
ハフト・テペで発見された青銅製品。
前2千年紀、ハフト・テペは、東方の青銅製品や武器の交易の中心だった(パネルの説明より)。
矢あるいは槍、双歯の短剣、腕輪 前15-14世紀
女神小像 前15-14世紀 テラコッタ
女神小像
儀式用ベッド模型 前15-14世紀
発掘による出土物。青銅製品や土製品など。

埋葬用壺 前15-14世紀
青銅板 10X7.5㎝ 銅の薄板 テラス複合体Ⅰ出土
説明は、発掘の時に第2の広間入口付近より出土した。打ち出しと彫りで作られた。中央の像はエラムの神々の一人。この神は角のついた兜を被り、右手に斧、左手に弓を持ち、ライオンの背の上に立っている。その前に裸の女性がひざまずいているが、この神は衣服を着ている。エラムの神の左には、祈りの姿勢でラマ女神が表されている。メソポタミアとエラムの信仰において、ラマ女神は、人と高位の神々との仲介者であると信じられていた。そのために、ラマ女神の腕は祈る人の仕草となっているという。
ライオンの上に乗る神というのはヒッタイトが最初ではなかったかな?
棺 土器 
左:前15-14世紀
右:パルティア-サーサーン朝時代(前3世紀後半-後7世紀半ば)
同じようなものが並んでいるように見えたが、時代が全く違う。よく見ると、古い方が薄手だ。
棺 前15-14世紀 ビチューメン(瀝青) 
陶製棺と同様に楕円形だが、蛇腹のように凹凸をつくり、上に行くほど小さくなり、蓋が付いている。

人物頭部 スーサ遺跡の博物館蔵
左:女性頭部 中エラム時代
中央:デスマスク? 中エラム時代(前1300-1000年頃) テラコッタ
用途不明、儀式用の仮面の可能性
右:男性頭部 中エラム時代
壺 中エラム時代 スーサ遺跡の博物館蔵
ライオン頭部? 中エラム時代
口の中が空洞で、ギリシアの神殿にあったライオン頭部の軒飾り(樋口)のようなものかな?あまり雨は降らない地域だが。

彩釉レンガ アケメネス朝時代(前550-330年)
色褪せているが、青と黄色だったのだろう。輪郭線を盛り上げて、釉薬がはみ出して色が混ざらないように工夫されている。
このような彩釉レンガを積み上げて、壁面の装飾にしていたが、アケメネス朝滅亡後はその技術が途絶えたのか、その後彩釉タイルが出現するのはイスラーム時代に入ってから。
その間も、施釉陶器は作られているというのに。

施釉ランプ壺 パルティア-サーサーン朝時代(前3世紀半ば-後7世紀半ば)
左:トチン パルティア-サーサーン朝時代
窯で焼いている時に、釉薬が溶けて台に流れ、器体と台がくっついてしまわないための道具。でも、くっついてしまっているし・・・
右:容器の蓋 前15-14世紀  
施釉壺 サーサーン朝期(226-561年)
胴部あたりまで、部分的に釉薬がかかっている。

石製品 前15-14世紀
左はすり鉢や容器。右はおそらく分銅とのこと。


ほぼハフト・テペ考古博物館の収蔵品ですが、一部はスーサ遺跡の博物館のものです。


関連項目
ハフト・テペ遺跡