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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/07/19

黄金のアフガニスタン展5 金箔とガラス容器


『黄金のアフガニスタン 守りぬかれたシルクロードの秘宝展』はベグラム遺跡の出土品も出品されていた。
同展図録は、ベグラムは、首都カブールの北約70㎞、標高1.600m、ヒンドゥークシュ山脈南麓の町チャーリーカールの近郊に位置する。パンジル川とゴルバンド川が合流する地点の南側の台地にあり、川のすぐ南とそこから南に約500mの地点の2ヵ所で、王城の址が発見された。
前4世紀、マケドニアのアレクサンドロス大王は、この地を北方の中央アジアや東方のインドへの拠点と定め、「パロパミサダエの麓にあるアレキサンドリア」または「コーカサスのアレキサンドリア」と呼んだ。その後シリアからイランを支配したセレウコス朝のセレウコス1世は、前4世紀末に北西インドへ攻め込み、インド、マウリヤ朝のチャンドラグプタと対峙した。両者は協定を結び、マウリヤ朝はアフガニスタンの東半を獲得し、ベグラムもインドの支配を受けた。続く前2-前1世紀にアフガニスタンから北インドを支配したのは、北西インドにいたギリシア人の王朝がたてたインド・グリーク朝である。
ベグラムはその後、バクトリアから南下してきたイラン系遊牧民のクシャーン王朝の支配下に置かれ、最も強勢を誇ったカニシュカ王(2世紀)の治下、クシャーン帝国の夏の都として栄えた。
1938年には、新王城第10室の北に隣接する第13室において、やはり出入口を日干レンガで封じられた部屋の中から、再び同様の発見があった。いずれの部屋の出土品も、素材や種類毎に分類して整然と置かれた状態で見つかっている。
ガラス製品は東と北西に散在していた。
ベグラムからは多様なガラス製品が出土しており、いずれの品もアレクサンドリアを中心とした地中海世界からもたらされたものであるという。

水差し 1世紀 ガラス、金 21.4㎝ ベグラム第13室出土
同書は、金箔を用いて絵や文様を描いている。胴部には3人の人物がおり、ディオニュソスが子鹿の皮をまとって、手にテュルソスと呼ばれる竿をもつ姿も見られるという。
水差しの首から肩にかけての部分は、月桂樹とハート形の樹葉からなる文様を巡らせるという。
頚部上から連珠文、月桂樹またはオリーブの葉、長方形の枠の中に菱形を入れた文様帯、蔦文が並んでいる。
月桂樹またはオリーブの葉がこのように並ぶ文様帯は見たことがあるが、思い出せない。
蔦文はアクロティリのボクシングをする少年や羚羊の壁画(前17世紀中葉)の上に文様帯として表されている。
テュルソスには蔦や葡萄の葉が巻かれ、頂部に松ぼっくりをつけるという。
金箔の上に黒っぽい色で顔、髪、葡萄の粒などを描いている。

把手付鉢 1世紀 水晶、金 高9.0径14.45㎝ ベグラム第13室出土
同展図録は、透けるように透明な水晶の鉢の表面に葡萄の葉と新芽を表わし、金箔で装飾している。金箔はわずかに残るのみだが、当初の豪華で鮮やかな装飾のさまがうかがえる。2つの耳と脚を持つこのタイプの坏はカンタロスと呼ばれる。ギリシア神話の酒神ディオニュソス(ローマのバッカス)は、しばしばこのタイプの鉢を持って描かれ、また、ディオニュソスのための酒は、カンタロスに容れて捧げられたという。
ガラスではなく水晶の原石をこのように彫り出したものだった。
葡萄の蔓や葉に金箔が貼られている。

文様を金箔(截金や截箔)で表してそれをガラスとガラスの間に入り込ませたものは紀元前に見られるが、ベグラム出土のガラスや水晶の器には金箔を貼り付けるという技法を使っている。そのためか、金箔の失われた部分もある。

ゴールドアカンサス文碗 イタリア、プーリア州カノッサ墓出土 前250年頃 ガラス(ナトロン)、金 アンチモンによる消色 高11.4㎝径20.3㎝  大英博物館蔵
『古代ガラス色彩の饗宴展図録』は、口縁は外反し、口唇部内面に2条、外面に1条の 沈線装飾が施される容器本体(内側容器)と、金箔を覆う半球形容器(外側容器)を別鋳し、金箔装飾後に加熱/熔着させたもの。鋳造による内側容器、外側容 器とも約2㎜程度と薄く、高度な制作技術の存在をうかがわせる一方、熔着は不完全であり、ゴールドサンドイッチ技法初現期の様相を呈している。
内側容器外面に施される金箔装飾は我が国仏教美術で用いられる截金技法の祖ともいうべき技術で、細く切った金箔を貼付け、優美な渦巻文やアカンサス文を表しているという。

後1世紀にはガラスの間に金箔を入れる技術がなくなったわけではない。

聖女アグネス、ガラス杯底部 4世紀半ば 金彩ガラス 直径7.7㎝ ローマ、パンフィロのカタコンベ出土
『世界美術大全集7西欧初期中世の美術』は、金彩ガラスの器は、ガラスとガラスの間にはさみ込まれた薄い金箔に切り紙状の装飾を施したものであるという。

このような手の込んだ技法が、ベグラムまで伝わらなかったのだろうか。

関連項目
古代ガラス展5 金箔ガラスとその製作法
金箔入りガラスの最古は鋳造ガラスの碗
アクロティリ遺跡の壁画4 ボクシングをする少年
黄金のアフガニスタン展2 ティリヤ・テペ6号墓出土の金冠
黄金のアフガニスタン展1 粒金のような、粒金状は粒金ではない

※参考文献
「黄金のアフガニスタン 守りぬかれたシルクロードの秘宝展図録」 九州国立博物館・東京国立博物館・産経新聞社 2016年 産経新聞社
「世界美術大全集7 西欧初期中世の美術」 1997年 小学館
「古代ガラス 色彩の饗宴展図録」 MIHO MUSEUM・岡山市立オリエント美術館編 2013年 MIHO MUSEUM