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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2016/04/08

カウナケスという衣装


トルクメニスタン、マルグシュ遺跡出土の女神像はカウナケス状の衣装を纏っているように見える。カウナケスはメソポタミアの服装ではなかったのだろうか。

どのようにしてバクトリアやマルギアナにカウナケスが入ってきたのだろう。
『古代バクトリア遺宝展図録』は、最近の発見ではナマーズガ文化の栄えたマルギアナ地方から同類の彫刻の断片が出土したことが知られている。同地域はエラム文化の影響を強く受けていたと考えられ、ゴヌール・テペからは原エラム文字の刻まれた陶片のほか、婦人坐像の意匠の銀製ピンが見つかっているが、これはペルセポリス由来で前3千年紀末エラムのものとされる銀製壺に刻まれている婦人像に大変近いものであるという。

女性像のついた銀製ピン バクトリア青銅器文化、前2000-1800年頃 銀 長13.0㎝ ゴヌール遺跡出土
青銅製印章のように、裏側は主な輪郭線のみだが、表側には椅子らしきものにも鋸歯文を施すほど丁寧に細工されている。
『世界美術大全集東洋編15中央アジア』は、さまざまな地域や時代に新しい文明が成立しているが、その共通する特徴は新しい写実味にあふれた美術が創造されていることで、バクトリアも例外ではなく、南トルクメニスタンの伝統を一方で受け継ぎつつも、まったく新しい写実的で力感にあふれた作品を彫刻や工芸美術に残している。顔や髪の毛や衣の襞を精緻に彫刻した石製女神像あるいはその像を模した銀製ピンなど、枚挙にいとまがないという。
髪型はMIHO MUSEUM蔵婦人座像に近い。
身にまとったカウナケスも立体的に表現されている。

印影 王妃に花を手渡すエラム王 前21-前18世紀 玉髄 2.8X1.9㎝ 出土地不明 イギリス、ダラム大学東洋博物館蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、毛皮を敷いたストゥールに座る王、日輪と三日月の組み合わせなど、画面全体がウル第3王朝時代の謁見図をもとにしていることは明らかだが、王が王妃にチューリップを手渡す光景はユニークであるという。

女神像の銀器 前2100年頃 高18.9㎝ イラン、マルヴ・ダシュト地方出土 テヘラン国立博物館蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、ペルセポリスのあるマルヴ・ダシュト盆地から出土したとされる円筒形の銀製ゴブレットである。マルヴ・ダシュトにはエラム人の根拠地の一つであるアンシャン(現在名テペ・マルヤーン)があり、あるいは、その近辺から出土したものではないかと想像される。
胴部には女神の立像と座像が打ち出されている。立像は顔と足を横に向けており、肩は正面を向いているが、このポーズは、エジプトにしろ西アジアにしろ古代における普遍的な表現といえる。
反対側に描かれた座像は、髪の毛は大きな玉を連ねたようなヘアバンドと腕輪をしている。爪先がカウナケスの裾から見えており、横座り、ないしは立て膝で座っているかのようである。この姿勢は前2000年ごろの南イランの円筒印章にしばしば表されており、また、バクトリア青銅器文化の石製女性像と酷似しているという。
カウナケス一つ一つはかなり小さめだが、たしかに同じ系統といえるだろう。

ナルンディ女神像 エラム古王国時代、前2100年頃 イラン、スーサ出土 石灰岩 高さ109㎝ ルーヴル博物館蔵
『世界美術大全集東洋編16西アジア』は、椅子に座す女神で、右手には杯、左手には棗椰子と思われる木の枝を握っている。石の左右には座ったライオン、後部には儀仗を持って立ち上がったライオンが2頭描かれている。台座正面にはパルメット文を中心に2頭のライオンが横になっている。ライオンを聖獣として従える女神という。

こちらは舌状で、同じカウナケスでも表現は様々。

エラムについて『季刊文化遺産8古代イラン世界』は、イラク南部(南メソポタミア)ではチグリス河、ユーフラテス河の広大な沖積平野に多数の集落が営まれ、やがてその中から都市が生まれ、国家の形成につながっていった。
これに対しイラン高原では小さな盆地やオアシスという立地条件によって都市化や国家の形成は遅れ、メソポタミアに木材や石材、銅、貴石などを供給する役割を果たすことによって、遠距離交易網が形成されていく。そして、メソポタミアの文明地帯との直接の窓口になったのは、西南イラン、フーゼスターン地方にあるスーサ遺跡を中心として栄えたエラム人たちであった。
紀元前3000年頃にはメソポタミアに倣って絵文字も発明された。また、このような粘土板文書に署名代わりに捺印する円筒印章も盛んに作られるようになったという。
後のアケメネス朝ペルシアの都もスーサに置かれ、ペルセポリスは新年祭が行われる宮殿があった。

花の香りを嗅ぐ女神 前2千年紀初頭 石膏 高13.1長さ4.4㎝ マリ
『メソポタミア文明展図録』は、女神は4段の角付き冠を被っているが、これは神々の中でも高位の神の印である。ローブを着ているが、その裾飾りの房は入念に表現されている。この古風な衣装は依然として神の付属物であった。女神は、祈祷あるいは仲介の素振りをするかのように両手を顔の高さに上げており女神ラマと思われるが、右手に花をもち、その香りを嗅いでいる。これは祭式的意味をもつ仕草であるという。
やはり羊毛の房のある衣装だが、マルグシュ遺跡出土の女性像のような菱形の房が数段あるというのではなく、水平な段になっている。腕は上から3段目から出ている。
これもカウナケスというのだろうか。

女神ラマを表す一対の護符(うち1点) 前2千年紀初頭 金 高2.6幅1㎝ メソポタミア
『メソポタミア文明展図録』は、裾飾りのあるローブをまとい、角の冠を被ったこれらの女神は守護神であり、信者と高位の神との仲介者の役を果たす下級の神である。祈祷の仕草を示す両手を上げた姿で表現されたという。
こちらも羊毛の房が水平な段になった衣装をまとっている。
体に比べて腕は華奢で、マルグシュ遺跡出土の女性像に共通する点である。

水の湧き出す壺をもつ女神 新シュメール期初期、前2150-前2100年頃 石膏質アラバスター 高20幅10㎝ バビロニア起源
『メソポタミア文明展図録』は、新シュメール期以後、羊の毛の房カウナケスは神の着物となった。したがってこの小像に描かれたのは女神であり、彼女の性格は、水と深淵の神エンキ(アッカドではエア)のもつ有益な力と関係がある。女神が胸の前にもつ壺からは、豊饒の水が溢れ出す。これは、アッカド時代に始まり、グデアの時代とウル第2王朝時代に流行した造形である。段に重ねた着物の襞、背中を腰まで垂れた長い髪の優雅な趣は、小像を伝う液の流れを思わせ、水の神という解釈を裏づけるという。
やはり羊毛の房が水平な段に表現されているが、これもカウナケスで良いのだった。
カウナケスが神の着物になったとすると、バクトリアやマルグシュ遺跡出土の女性像も女神像ということになる。

ウルのスタンダード(祝宴部分) ウル第1王朝期(前2450年頃) 貝、ラピスラズリ、赤色石灰岩、瀝青 モザイク・パネル 高21.6幅49.5奥行11.5㎝ ウル1332号墓出土 大英博物館蔵
『NHK日曜美術館名画の旅1』は、シュメールの祝祀は、季節の変化と深く結びついたものであったが、その最も重要なものは、再生と豊饒とを祈る新年の祝祭(アキトゥ祭)であった。この祭りは、ドゥムジ神に扮した王とイナンナ神に分した女祭司とによる聖婚の儀式と、それに続く祝宴で最高潮に達し、大騒ぎとビールの酒盛りの日々が数日間続いたようであるという。
上段に羊毛製の豪華なカウナケスをまとい椅子に座って、左手に払子を持った無髭で上半身裸の人物(王?)が杯を傾けた姿で描かれている
という。

このカウナケスは先の尖った鱗状のもので、中に線刻がある。
神に分した王の衣装のみがカウナケスで、女神に分した女祭司も、給仕の者たちも、裾が房状になった平織の着物である。カウナケスというのは、特別な人物のみが着用できる衣装だったようだ。

ウル・ナンシェの奉納板 前2450年頃 石灰岩 高40㎝ ラガシュ出土
NHK日曜美術館名画の旅1』は、ラガシュの王ウル・ナンシェ(ウル・ニナ)とその随臣や子供たちとの祝宴などを浮彫で描いた奉納板という。
左上に大きく表されているのはウル・ナンシェ王で、王自らが頭に何かを載せて運び、それを随臣やなどが迎えるという収穫の祭りでもしているのだろうか。王の前にいる人物もカウナケスの衣装をまとっている。その人物は臣下というよりも祭司ではないだろうか。
右下は饗宴の場面で、リュトンをかかげている大きな人物はウル・ナンシェ王で、左の小さく表された3人はその子供ということになるだろう。
この時代にカウナケスの衣装を身につけるのは、神ではなく、王や身分の高い人物だったようだ。

座る女性の小像 前2500年頃 石膏 高19.3幅10.4㎝ マリ
『メソポタミア文明展図録』は、この小像は、カウナケスの服装の座る女性を表している。
この変わった衣装は、少なくとも元は羊の皮から作られ、羊の毛の房は舌状に様式化されている。のちにはおそらく、羊の毛に似た毛織物を裁断して作った。儀式用礼装なのか普段着なのかは不明である。
膝の間に置かれた左手は棗椰子の房を持っているという。
尖った舌状で、中には線刻がある。

エビー・イルの像 前3千年紀中頃 アラバスター、ピッチ、貝殻 高約53㎝ ルーヴル美術館蔵
『ルーブル美術館Ⅰ』は、アラバスターのもつ半透明でやわらかな質感を見事に生かし、丸みのある形態と細かな部分表現を調和させた。マリのイシュタール神殿の中庭で頭と胴体がやや離れた場所からそれぞれ発見され接合されたものであるという。
昔々ルーブルで見て以来のお気に入りの像は、記憶とは異なり、舌状のカウナケスではなく、もっと羊毛の房を自然に、丁寧に表したものだった。


カウナケスという衣装を遡ってみてきたが、バクトリアやマルグシュ遺跡出土の女性像が身に着けていた菱形状の房というのはそれ以前には見られなかった。

『アフガニスタン悠久の歴史展図録』でピエール・カンボン氏は、着衣はメソポタミアのカウナケスに似ている。たとえば、スーサやアンシャーン出土の円筒印章の図像にみることができるような前2千年紀初頭のエラムの女王を3次元的に表現したもののようであるという。
残念ながら、前2千年紀初頭のスーサなどから出土した円筒印章の図版が見つからないので、それが菱形状だったか、線条あるいは舌状だったかが分からない。



関連項目
マルグシュ遺跡2 王宮

※参考サイト
MIHO MUSEUMの類例についてというページ

※参考文献
「シルクロードの古代都市 アムダリヤ遺跡の旅」 加藤九祚 2013年 岩波書店(新書)
「世界美術大全集東洋編15 中央アジア」 1999年 小学館
「MIHO MUSEUM 南館図録」 杉村棟監修 1997年 MIHO MUSEUM
「アフガニスタン 悠久の歴史展図録」 前田たつひこ監修 2002年 NHK・東京藝術大学
「古代バクトリア遺宝展図録」 2002年 MIHO MUSEUM
「Marguş」 Marysyyahat
「季刊文化遺産8 古代イラン世界」 1999年 財団法人並河萬里写真財団
「NHK日曜美術館名画への旅1 美の誕生 先史・古代Ⅰ」 1994年 講談社