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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2015/07/21

ラージュヴァルディーナ・タイルとは


ラージュヴァルディーナは大型のフリーズタイルを岡山市立オリエント美術館で見ていた。

藍地色絵金彩鳳凰文フリーズタイル 1270年代 イラン、タフテ・ソレイマーン出土 岡山市立オリエント美術館蔵
『砂漠にもえたつ色彩展図録』は、鳳凰文を藍色ラージュヴァルディーナ彩で表したもの。左上隅は鳳凰の首の付け根あたりまで後補という。
タフテ・ソレイマーン出土の藍地金彩で鳳凰が大きく浮き出て表され、中央アジアに鳳凰というので違和感のあるタイルだった。

そのラージュヴァルディーナのタイルがシャーヒ・ズィンダ廟群にもあるという(『世界美術大全集東洋編17イスラーム』より)ので、是非御手みたいと思って探していて、24:無名の廟2で遂に見つけた。
それについてはこちら
まずは微妙に光る金色が、見間違いではなく金の発する光であることを確認しながらカメラに収めていった。
中央に10点星、周囲に変形四角形、その外側に変形六角形更に外に5点星という風にラージュヴァルディーナのタイルを組み合わせている。
こんなに小さな幾何学形のタイルを組み合わせたものに金色の輝きを発見するとは、思いもよらない驚きが次にきた。

中には矢印のような4点星というか変形六角形のものも。金箔で枠と菱形や花文を表し、赤い輪郭線がかならず巡っている。

変形五角形や変形八角形のタイルもラージュヴァルディーナ。

さらに、玄関上のムカルナス下部のアラビア文字の文様帯では、地文である一重の蔓草に金箔が残っていた。やはり赤い輪郭線で縁取られていて、剥落部分は藍地が見えるので、蔓草は金箔の輝きがあったのだろう。

ラージュヴァルディーナの定義とは?
『砂漠にもえたつ色彩展図録』で枡屋友子氏は、13世紀後半にイランで始まった技法で、14世紀末まで中央アジアで続けられた。登場初期には中絵付を持つ白釉の上に施されたが、13世紀末までにには、わずかにターコイズ釉の地のものもあるものの、藍色釉の地が大半を占めるようになり、藍色を意味するペルシア語「ラージュヴァルド」から派生した「ラージュヴァルディーナ」という名称がこの技法に対して当時からすでに使われていたようである。これは技術的にはミーナーイー陶器と同じくエナメルで上絵付を施す技法であるが、用いられた色彩は白、黒、赤茶色に限られ、金彩ではなく金箔が貼られたという。

空色地色絵金彩龍文星形タイル 1270年代 21.2X20.2㎝ イラン、タフテ・ソレイマーン出土 中近東文化センター蔵
同書は、世俗タイルのうち、その出自が確実なものは、1270年代にイルハン朝第2代君主アバカによってイランのアゼルバイジャン山中に建設された宮殿タフテ・ソレイマーン(ペルシア語で「ソロモンの玉座」を意味するが、後世につけられた名称)である。
タフテ・ソレイマーン出土のタイルには中国風の龍と鳳凰、獅子、鹿が描かれており、イランのイルハン朝は現在の北京を首都とする大モンゴル帝国内の一王国として、中国では皇帝の象徴である龍と鳳凰の図像の使用を大ハンから許可されていたようである。図像的にも、歴史的にも中国から直接伝わったことが明白な中国風の龍と鳳凰の図案はその後もイランに残り、中国本来の意味とは異なったイラン的な脈絡で使用されることになるという。
タフテ・ソレイマーン出土のラージュヴァルディーナ・タイルに鳳凰や龍が描かれている理由がようやく判明。
金彩ではなく金箔ということだが、このようなものを指す日本語が「金彩」なのだった。
確かに金泥で描いたのではなく、金箔が貼られていた。一見金泥で細い線が描かれているようだが、拡大してみると星形の色、枡屋氏のいう赤茶色なのだろう。

藍地色絵金彩唐草文変形六角形タイル イル・ハン朝、13世紀後半 14.9X11.8㎝ イラン出土 岡山市立オリエント美術館蔵
同書は、イル・ハン朝時代の星形タイルは幅が20㎝を超すものが多く、銘文を巡らせ、ラスター彩やラージュヴァルディーナで人物文、植物文、鳥や山羊、兔などの動物文が描かれたという。
輪郭線が金色のように見える。
でも、拡大してみると、金泥ぽく見える肥痩のある線は赤茶色かそれに近い色で、そさの中に金箔の痕跡が砂子のように残っている。きっと制作時には、輪郭線の中に幅広の金箔が貼られていたのだろう。

藍地色絵金彩草花文星形タイル 1270年代 20.9X21.0X1.7㎝ イラン、タフテ・ソレイマーン出土 個人蔵 
同書は、タフテ・ソレイマーン遺跡は、イル・ハン朝第2代アバガ・ハーンの宮殿跡。発掘ではカーシャーンの陶工が出向いてきて臨時に築いたタイル窯や、成形用の型など、制作実態が窺える資料も見つかった。またここでは中国の元朝から伝わった龍と鳳凰のモティーフが支配者の象徴として星形タイルとフリーズタイルに取り入れられている。
12世紀後半~13世紀初頭には絵画的な精密描写が特色のミーナーイー技法が盛んであったが、製作技法では、青釉とラスター彩に加えてラージュヴァルディーナが多い。13世紀後半からそれは空色か藍色の地に限られた色数の色釉と金箔を重ねるラージュヴァルディーナ技法に代わられるという。
赤茶色のリボンのような、花のような文様と、白の極細の蔓草文が目立つ。
拡大すると、表面には粉状の金箔の跡が無数に残り、製作当時はどこに金箔が貼られていたのかわからないほどである。

空色地色絵金彩十字形タイル 13世紀後半 21.5X21.0X1.9㎝ イラン出土 個人蔵
同書は、十字の隅に4羽の鳥を描いたこの図柄には多くの事例があるという。
これこそ金泥で細い線を描いているように見えるが、拡大してみると、やはり赤茶色の輪郭線の中に金箔が貼られていた。

ということは、シャーヒ・ズィンダ廟群の24:無名の廟2腰壁のタイルは、金箔の箇所もあるものの、明らかに金泥で描かれた部分もあるので、ほとんどが補修タイルということになるだろう。

ラージュヴァルディーナはタイル以外にも
                    →タフテ・スレイマーンのタイル

関連項目
シャーヒ・ズィンダ廟群9 無名の廟2

※参考文献
「砂漠にもえたつ色彩展図録」 2003年 岡山市立オリエント美術館