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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2014/03/14

イラクリオン考古博物館1 壁画の縁の文様


クノッソス宮殿では、それぞれの建物から発見されたフレスコ画のコピーが再現展示されていたほか、西翼の王座の間の上の階がコピーの展示室となっていた。そして、本物はイラクリオン考古博物館で展示されているという。

イラクリオンに戻って、エレフテリアス広場のはずれにある考古博物館へ。
こちらの建物は、各部屋は小さく、天井も低く、その上貸し出し中なのか、空のケースも複数あった。

展示室にあるはずのクノッソス宮殿出土のフレスコ画は2点のみ。その1つが牛跳びだった。

牛跳びの図 前1500年頃 高さ86㎝(現存部分) クノッソス宮殿出土
『世界美術大全集3エーゲ海とギリシア・アルカイック』は、エーゲ海文化で非常に好まれた「牛跳び」の儀式またはスポーツを表現した壁画、高さ86㎝の壁画が3ないし4パネルに連続して描かれていたという。
『世界美術大全集3』は、画面左から、疾駆する牛の角を両手でつかんでいる若者、
同書は、牛の背で逆立ちをしている若者、
牛の背後で両手を伸ばしている若者の3者である。興味深いことに、牛の背で逆立ちをしている若者の肌の色は褐色であるが、残りの2人は白い肌をしている。クレタ美術における肌の色の別は、原則としてエジプト美術の習慣に従っており、男は褐色、女は白色と、性別により分けられていた。しかし、ここでは白い肌の若者たちも、男性用の腰布を着けており、肌の色以外では男性の肉体的特徴を示している。エジプト美術の慣習は全面的には受け継がれていないのだろうかという。

同書は、この壁画でそのほか注目すべき点は、画面を縁取る岩石文様であろう。縞模様や斑点模様が一種のデザイン画のように様式化されている。白、グレー、黄土色、茶色、黒の岩塊がリズミカルに反復されるという。 
私もこの縁飾りというか文様帯には興味があった。
クノッソス宮殿のフレスコ画が、原則的に男性は褐色、女性は白色と色分けすることになっているのなら、岩模様もエジプトに起源があるのではと探してみたが、エジプトではもっと時代が下がっても、このような文様帯はなかった。
それなら、岩模様はクノッソス宮殿で始まった文様だろうか。
しかしながら、まず文様から始まったとは考え難い。それ以前には、実際に様々な色の岩を並べる室内装飾があったのを、省略して壁画に表したのではないだろうか。

同書は、さらに様式化された岩模様をもつ作例として、ハギア・トリアダ出土の彩色石棺やギリシア本土ピュロス出土のフリーズが挙げられる。もともとは岩石の模倣が念頭にあったのだろうが、しだいに様式化したデザインとして定着したという。

彩色石棺 前1400年頃 クレタ、アギア・トリアダ出土 石灰石 長さ137㎝ イラクリオン考古博物館蔵
同書は、死者を埋葬するための石製の棺。石灰石の表面に漆喰を塗り、その上にフレスコ技法で装飾を用いているので、実質的には壁画と同じ構造である。当画面に描かれた人物の硬い表現、また死者の慰霊などの主題は、エジプト文化の影響を暗示するが、クレタ文化とエジプト文化の交流関係は不明確な点が多く、現時点では推測の域を出ない。
主題は屋外の祭壇で牡牛を犠牲に捧げる情景。ここに表現された社の建築は、「聖なる角」を飾り、建物中央には渦巻文様を施し、正面観を強調したものという。 
この多色の縦縞模様が、牛跳びの図の丸い岩模様の様式化したものとは思わなかった。

岩模様だけではない。アラバスターの縞模様と思われるものが、西翼王座の間のグリフィンの下に文様帯として描かれていたのだった。

玉座の間奥壁フレスコ 前15世紀後半 クノッソス宮殿
同書は、グリフォンのモティーフの起源を検討すると、オリエント地方で創造され、エジプトに伝わり、その後、スフィンクス(人の頭部と獅子の身体をもつ怪物)とともに、エーゲ海文化に伝えられたと一般に理解される。オリエントの獰猛なグリフォンのイメージは、エーゲ海美術のなかで徐々に様式化されたという。
アラバスターにしてカラフルすぎるようにも思うが。

このようなイリュージョンは、ポンペイの壁画第1様式に始まるものかと思っていたのだが、マケドニアのペラ考古博物館に収められていた漆喰画の館(前3世紀末)の想像復元図にすでにあった。
ここでも最下段にカラフルなアラバスターの縞模様がみえる。
別の館の想像復元図の方がよくわかるかも。
こちらは直線的な縞模様で、色もアラバスターっぽい。

このようにみてみると、クノッソス宮殿では前1500年頃にすでに岩模様やアラバスターの縞模様などが文様帯に表されているので、ひょっとすると、アラバスターの縞模様の文様帯はクレタが最初かも。

                 →イラクリオン考古博物館2 女性像

関連項目
古代マケドニアの遺跡7 ペラ考古博物館1 漆喰画の館
ポンペイの壁画第1様式
イラクリオン考古博物館3 粒金細工
イラクリオン考古博物館4 水晶製のリュトン
イラクリオン考古博物館5 ミノア時代の建物の手がかり
イラクリオン考古博物館6 ミノア時代のファイアンスはすごい
イラクリオン考古博物館7 クレタの陶器にはびっくり
イラクリオン考古博物館8 双斧って何?

※参考文献
「クノッソス ミノア文明」 ソソ・ロギアードウ・プラトノス I.MATHIOULAKIS
「名画への旅1 美の誕生 先史・古代Ⅰ」 木村重信・高階秀爾・樺山紘一 1994年 講談社
「世界美術大全集3 エーゲ海とギリシア・アルカイック」 1997年 小学館