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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2013/07/09

當麻曼荼羅4 序分義




『日本の美術272浄土図』は、悪逆の子阿闍世太子の父王幽閉と、これを悲しんだ韋提希夫人の阿弥陀仏への帰依を、下から上へ11図に分けて収め、最上段には、本観経が釈尊の霊鷲山説法中に説かれたものであることを述べて、序分義とする。
すなわち最上段は、観経冒頭にある化前序で、物語は一転して最下段にとぶという。
これは、釈迦がまだ生きていた時代、インドのマガダ国での話である。

綴織當麻曼荼羅の左辺には序分義が下から上へと11図で表されている。
当麻曼荼羅略解図(『日本の美術204飛鳥・奈良絵画』より)で見ると、下から1-4:禁父縁、5・6:禁母縁、7・8:厭苦縁、9:欣浄縁、10:定善示観縁・散善顕行縁、11:化前序縁が描かれている。
『當麻寺展図録』に「當麻曼荼羅の図解-貞享本をもとに」という頁があった。それを参照しながら、綴織當麻曼荼羅(8世紀)と文亀本當麻曼荼羅(室町時代、永正2年、1505)を見比べると、

1:提婆教唆
阿闍世という王子が、悪友にそそのかされて王位剥奪を企てた。
悪友とは、釈迦の弟子で離反した提婆達多とされる。
2 父王幽閉
父王頻婆娑羅を幽閉し、餓死させようとした。
3 母后献食
王妃の韋提希夫人は、体に蜜を塗り、葡萄酒を衣冠に隠して密かに王に与えた。
4 二尊者説法
王は牢のなかで釈迦の弟子・目建蓮から戒を受け、釈迦が遣わした富楼那の説法を聴いて過ごした。
5 太子来聞
番人から、王が無事に過ごしていることを聴いた阿闍世は怒る。
6 害母訓戒
剣をとって母・韋提希夫人を殺そうとするが、臣下に諫められて思いとどまる。
屋根と鴟尾だけははっきりとわかる。
7 二聖応請
阿闍世は母を幽閉する。韋提希夫人はこの世の苦しみと悲しみに打ちひしがれ、釈迦のいる耆闍崛を遠く礼拝する。夫人のもとへ、釈迦が目建蓮と阿難を遣わす。二人は空から飛来した。
8 母后礼巳見仏
夫人が礼をして頭をあげると、釈迦は紫色を帯びた金色に輝き、宝石の蓮華の上に坐り、目建蓮は左に、阿難は右に立っていた。この世を憂い苦悩する夫人は、苦しみのない世界へ行きたいと釈迦に願う。
9 欣浄縁
釈迦は、眉間から金色の光を放ち、その光のなかに様々な浄土の様子を現してみせた。
10 散善顕行縁・定善示観縁
韋提希夫人は阿弥陀如来の極楽浄土に生まれたいと願う。釈迦は、極楽浄土を瞑想すること、清い行いを続けることを説いた。
夫人は自力で極楽浄土を瞑想する方法を問う。釈迦はこれを説く。
左下が釈迦と韋提希夫人・侍女で、右上が極楽浄土を表しているのだろう。
11 化前序
インドの王舎城では、釈迦が耆闍崛山(霊鷲山)で多くの弟子に法を説いた。
綴織當麻曼荼羅では、かろうじて頭光をつけた仏菩薩が複数見える。

つづく

関連項目
當麻曼荼羅6 宝台に截金?
當麻曼荼羅5 十三観
當麻曼荼羅3 九品来迎図
當麻曼荼羅2 西方浄土図細部
綴織當麻曼荼羅の主尊の顔
観無量寿経変と九品来迎図
当麻曼荼羅原本は綴織
当麻寺で中将姫往生練供養会式

※参考文献
「當麻寺 極楽浄土へのあこがれ展図録」 奈良国立博物館 2013年 奈良国立博物館・読売新聞社
「日本の美術272 浄土図」 河原由雄 1989年 至文堂
「日本の美術204 飛鳥・奈良絵画」 百橋明穂編 1983年 至文堂