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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
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2013/06/21

ボストン美術館展7 法華堂根本曼荼羅図3 霊鷲山説法図か浄土図か



ボストン美術館展で展示されていた法華堂根本曼荼羅図の中の脇侍菩薩がX字状の瓔珞を付けていることに気づいてから長々と脱線してしまった。
同図は、まだ唐からの請来品か、請来品を模写したものかわからないが、奈良時代(8世紀)に日本の寺で懸けられ、現存する貴重な仏画だ。

法華堂根本曼荼羅図 麻布着色 縦107.1横143.5 奈良時代(8世紀) 1911年寄贈 ウィリアム・スタージス・ビゲローコレクション
ボストン美術館所蔵日本絵画名品展図録』(1983年)は、裏書にもあるように、本図は平安時代の昔から「法華堂根本曼荼羅」と呼ばれ、当時既に東大寺法華堂の主要法会に用いられる画像として伝来したことが判明する。なお同裏書によれば本図の主題は釈迦如来の「霊山之変相」であり、画題として霊鷲山説法図と言うべきであるが、今は旧来の伝称名に従った。因みに裏書によれば、本図は久安4年(1148)珍海によって修補されたが、その頃にはすでに釈迦の台座以下にかなりの破損欠失があったものとみられるという。
『日本の美術204飛鳥・奈良絵画』は、当初は左右に5比丘ずつの十大弟子、さらに下方に幾体かの供養菩薩がつづく図柄であったと思われるという。
もっと縦長の画面だったのだ。
ところが『ボストン美術館 日本美術の至宝展図録』(2012年)は、『妙法蓮華経 如来寿量品』第16では、種々の宝で飾られた堂閣や宝樹がある荘厳な浄土としての説法の場を叙述している。浄土のさまをあらわすかのように、本図の上方には雲間に楽器と舞い散る花の情景が見えるという。
左上には、楼閣の上に鼓(立鼓?)と、長い紐のついた何かが虚空に浮かんでいる。蓮華らしきものも描かれているようだが、よくはわからない。
雲も上向きと下向きがあるなど、全体の静かな雰囲気にあっては、動きのある背景となっている。
右上隅の方が蓮華がよく残っている。蓮華が虚空に咲いているというのではなく、水面から茎が伸びて蓮の花が咲いているようだ。
『日本の美術204飛鳥・奈良絵画』は、背景の山水は左右に懸崖の続く谷間をぬって蛇行する水流があり、その間の山々は幾重にも峰々が折り重なり、そこには鬱そうとした樹木が繁っている。花の咲いた樹木もあり、寒林の枝を屈曲させた松樹も見出される。左上部の峰の上には三楼からなる宮殿が置かれており、蛇行して流れる水流は、やがて水平線に広がってゆく。そこから霊芝状の五彩雲が湧き上がっているという。
元は五彩で描かれていたらしい沸き立つ雲の間に、蓮華の咲いているのが垣間見えている。
『日本の美術204飛鳥・奈良絵画』は、周囲の山水部分が異常に大きな比重を占めるという。
たしかに説法図でも浄土図でもなく、涅槃図のように自然の表現の多い仏画だ。

釈迦浄土変 法隆寺金堂1号壁 飛鳥時代、706-711年
同書は、説法図が中心でほとんど背景をもたないという。
この画像が壁面の主要部分だけというのではないらしい。
敦煌莫高窟で様々なものが虚空に浮かぶ図がある。

法華経変 敦煌莫高窟第321窟南壁 初唐期(618-712年)
『敦煌莫高窟3』は、元の内容は不明。1983年の全国敦煌学術討論会で「敦煌莫高窟風宝雨経変」という報告があり、宝雨経変であることが確定した。画面中央は序品の伽耶山頂にいる仏が大比丘並びに72.000人のに説法するのを表している。満天に宝雨が降っているという。
リボンを結わえた様々なものが虚空に浮かんでいる。
同左上拡大
拡大すると、花や宝珠の間に、首飾りや指輪らしき装身具が描かれているが、楽器はない。
初唐期になかったのだから、それ以前に制作された法隆寺金堂1号壁の釈迦浄土変になくても当然かも知れない。
西方浄土変 敦煌莫高窟第225窟南壁龕 盛唐(712-781年)
同書は、阿弥陀浄土変の主要内容、阿弥陀三尊、七宝池、楼閣と天上表現の天花、神獣、楽器が十分に表されているという。

盛唐期になると楽器が出現するらしい。
同左右上部拡大
花や鳥そして迦陵頻伽(神獣?)、飛天の間に、様々な楽器(矢印)がリボンをつけて浮かんでいる。
琵琶・筝・鼓・立鼓・太鼓・箜篌・排笙などが確認できた。
盛唐期の阿弥陀浄土変の天上にリボンをつけた楽器が浮かぶ表現があったことがわかった。
盛唐期によく描かれた観無量寿経変図にも楽器が浮かぶものがる。

45窟北壁 観無量寿経変-盛唐(8世紀前半)
数は少ないが、細長い紐状のものをつけた楽器が浮かんでいる。
観無量寿経変中 148窟東壁南側 盛唐(712-781年)
背景が白いので、来迎雲の間にリボンをつけた楽器が浮かんでいるのがよくわかる。
このように盛唐期の阿弥陀浄土変図や観無量寿経変図に、リボンをつけた楽器が、西方浄土図にあるものとして描かれていることがわかった(赤丸は迦陵頻伽で、今回の楽器とは関係あのません)。
しかし、法華堂根本曼荼羅図では、楼閣は画面左上方に小さく描かれ、阿弥陀三尊は、険しく聳える山容と深い峡谷を背景に表されているところが浄土変相図とは大きく異なっている。
浄土変図は飛鳥時代にも表され、、背景がほとんどない仏画はすでに日本でも描かれたという歴史があるので、それより時代の下がった法華堂根本曼荼羅図が、浄土図を表したものとは思えない。
ということは霊鷲山説法図だろうと言わざるを得ないのだろうか。霊鷲山説法図に、当時日本に請来されていた観無量寿経変図のリボンをつけた楽器を、控え目に借用したのだろうか。

関連項目
ボストン美術館展8 法華堂根本曼荼羅図4 容貌は日本風?
敦煌莫高窟7 迦陵頻伽は唐時代から
ボストン美術館展6 法華堂根本曼荼羅図2菩薩のX状瓔珞
ボストン美術館展5 法華堂根本曼荼羅図1風景
ボストン美術館展4 一字金輪像

ボストン美術館展3 如意輪観音菩薩像
ボストン美術館展2 普賢延命菩薩像
ボストン美術館展1 馬頭観音菩薩像

※参考文献
「ボストン美術館 日本美術の至宝展図録」 2012年 NHK
「ボストン美術館所蔵 日本絵画名品展図録」 東京国立博物館・京都国立博物館編集 1983年 日本放送網株式会社
「日本の美術204 飛鳥・奈良絵画」 百橋明穂 1983年
「中国石窟 敦煌莫高窟3」 敦煌文物研究所 1999年 文物出版社