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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2011/04/23

モザイクガラスを遡ればメソポタミアの神殿の円柱と同じ文様

八木洋子氏の作品と比較した古代のモザイクガラスは前2世紀から後1世紀のものだったが、もっと古い器も残っていて、驚くことに古いものの方がずれたり流れたりしていないのだった。

連続4射星形文鉢 赤(緑色に風化)と白色ガラス 北イラク、アッシュール311号墓出土 前7-6世紀(アッシリア期) ベルリン国立博物館蔵
白いところを見ると確かに4点星が上下左右に並んでいるが、私は赤のつくる文様を、中心に小円のある七宝繋ぎ文と見た。
一見、中央に白色の4点星、周囲に赤色の菱形に近いもの4つでモザイクの1単位のようだが、そのようにモザイク棒に作り、割って並べても、容器の文様にはならない。型に並べて溶着させる方法は同じでも、東地中海地域のように、あらかじめ作成した色とりどりのモザイク片を型に並べたモザイクガラスとはだいぶ趣が異なる。
溶着が不完全だったのか、底中心の4点星をはじめ、ところどころの4点星の一部が欠けているので、赤い中央の小円に白色の鏃のような形のものを四方に置き、4点星と4点星の間の隙間に赤い菱形状のものを埋めるという方法でできあがった器のようだ。
『ガラスの考古学』は、高級モザイクガラスが数多くつくられるこの技法の黄金時代は、ヘレニズム期の前4世紀後半からローマ帝国初期の後1世紀中葉頃までで、エジプトのアレクサンドリアや、後期では中部イタリアの諸都市などがその製作の中心地であったと考えられているという。
ひょっとすると、アレクサンドロスの遠征で、征服したメソポタミアにあったこのようなモザイクガラスの技法が地中海地域に伝わり、瞬く間に華やかな文様のちりばめられモザイクガラスが作られるようになったのかも。
前2-後1世紀の東地中海地域あるいはイタリアで製作されたモザイクガラスによる器はこちら  
もっと驚くモザイクガラスがずっと以前にメソポタミアで作られていた。

モザイクガラス坏 赤(緑色に風化)・白 イラン、テペ・マルリク出土 前12-11世紀頃 イラン国立考古博物館蔵
赤ガラスを見れば中央に小円のある斜め格子文、白色ガラスを見れば中心に赤い小円のある菱形文になる。上の七宝繋ぎ文へと繋がる文様とみることもできる。
白色ガラスの1粒1粒がほぼ識別できるので、赤ガラスよりも溶けにくかったと思われる。しかし、文様がほとんど下にずれたり、変形することなく作ることができた技術にびっくり。
大きさが記述されていないが、おそらく器自体がそんなに大きなものではなかっただろう。ということは、丸形ガラス片の1粒もかなり小さなものだったに違いない。
モザイクガラス 白・薄青(黒い被膜)・黄・赤(緑に風化) イラク、テル・アル・リマー出土 前15世紀頃 大英博蔵 
『古代ガラスの技と美』は、組み合わせ式の外型と内型の鋳型にガラス片を挟み、重石をのせて加熱して作られたガラス容器が、紀元前15世紀頃コアガラスと同時期に出現しました。この鋳造プレス法が今知られている鋳造ガラスの資料の中では最初に出現したことになります。特に挟むガラス片がカラフルな色ガラスを組み合わせており、モザイクガラスと呼ばれております。
この初期のモザイクガラス器は文様に作ったモザイクガラス素材ではなく、合わせ型の間に異なる色ガラス棒をモザイク状に並べて熔着している点、より精密な作業でした。4色ほどの細い色ガラス棒(径約3㎜)を交互に並べてジグザグ状や菱形状に文様を作り出しています。ウルク遺跡の円錐モザイクの文様と2000年以上隔ててもまったく同じなのは、驚くべきことですという。
『ガラスの考古学』は、モザイクガラスの技法は、メソポタミアで始まったと考えとられている。モザイクガラスが製品として登場してくるのは、前15世紀からであるが、技法的には、前4千年紀の後半(ジェムデト=ナスル期)にすでに南メソポタミアのウルクなどの神殿装飾に存在する。その石や土の技法が、のちにガラスに写されたと考えられるという。
驚いたことに、ウルクのエアンナ神殿の円柱の装飾、クレイペグの彩色された円い頭がジグザグに並ぶ、そのままが細長いガラス坏にあった。しかも、ほとんどずれることなく溶着している。 
前3500年頃に造られたウルクのクレイペグ装飾壁についてはこちら
それを再現する様子はこちら

『古代ガラスの技と美』は、このようなガラス容器はミタンニ王国の細長いゴブレット型土器の形をしており、ガラス片を敷き詰めるのも容易ではなかったはずです。内型の外面に一種の接着剤を使うなどしてガラス片を文様通りに並べてから外型の中に落とし込むか、あるいはその天地逆の状態にして、加熱したのでしょうか。いずれにしても、文様の単位が崩れずに出来上がっているのは、大変な技術水準であったことがわかりますという。
この「一種の接着剤」が気になる。その接着剤金箔入りガラス碗の金箔を貼り付けたものと同じだろうか。

※参考文献
「MUSAEA JAPONICA3 古代ガラスの技と美 現代作家による挑戦」 古代オリエント博物館・岡山市立オリエント美術館編 2001年 山川出版社
「ものが語る歴史2 ガラスの考古学」 谷一尚 1999年 同成社
「アレクサンドロス大王と東西文明の交流展図録」 2003年 NHK
「ゆらぎ モザイク考-粒子の日本美」 2009年 INAX出版
「ヴィジュアル版世界古代文明誌」 ジョン・ヘイウッド 1998年 原書房