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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2011/03/11

壁面モザイクはポンペイの泉水堂(nicchie dei ninfei)が最初?

モザイクは床に施されるものだったが、教会には壁面に金箔ガラステッセラを地に使った色ガラスによるモザイク壁画が現れるようになっていった。しかし、モザイクによる壁画はキリスト教会より以前に墓廟にも見られ、そこでも金箔ガラステッセラが用いられていた。
壁面モザイクの最初のものはどれだろうと、あれこれと文献をめくっている内に、ポンペイの邸宅に造られた噴水堂の壁面が、切石のテッセラにしては色が鮮やかであることに気がついた。
『ポンペイの遺産』は、豊かな水はポンペイに新しい流行をもたらした。涼を求め夏は庭を中心に生活するのを好み、そこに噴水をつくったりしていたが、さらに色鮮やかなモザイクのニンファエウム(泉水堂)で飾り立てた。こうした噴水は、成功した富裕層の庭園に手をかける新しい楽しみとなった。それぞれの家で競うようにしてつくられ、いっそう洗練されていったという。
泉水堂の壁面がモザイク装飾によるものらしいが、そこにはガラスのテッセラがいるのではないだろうか。

小噴水の家(31)の噴水
『完全復元ポンペイ』は、家の奥の小さな庭園にあるモザイクの泉水にちなんで、「小噴水の家」と名づけられた。家の建物は、まったくことなる二つのエリアで構成される。前2世紀後半にはじめて建てられたときには別々の家だった。それが、アウグストゥス帝時代に2本のせまい通路でつながれたのである。壁画やモザイクといった装飾が一新されたのも、この時期であるという。
アウグストゥス帝は在位が紀元前27-紀元14年。ポンペイの壁画では第3様式(装飾的様式、前25-後35)にあたる(『同書より』)。
この家でも、ひとつづきの部屋、つまり、玄関ホール、天窓つきアトリウム、執務室、列柱廊が一直線上に並び、光と影が交互になったレイアウトが表の通りから見渡せる。その視線の先の、列柱廊のいちばん奥の壁にあるのが、美しいモザイクの泉水であるという。

泉水堂は通りから見渡せるように造られたのか。
泉水は、アプシスつきの壁龕に両流れ屋根をつけた形をしている。壁龕の表面は大理石やねりガラスの彩色モザイクと貝殻でおおいつくされ、水盤の縁は大理石で化粧張りされていた。水は、アプシスの壁にかけられた喜劇の仮面やガチョウをかかえて台座の上に立つケルビムのブロンズ像から流れでるしくみになっていたという。
表面に丸く飛び出したものが並んでいるのが貝殻だろう。色大理石のテッセラで足りない色を色ガラスで補って、華やかな色彩に仕上げられたのだろう。
小噴水の家があれば大噴水の家もある。

大噴水の家(32)の噴水
『ポンペイの遺産』は、円柱に支えられた屋根の高さからもその大きさがわかるという。
小噴水よりも色が地味かな。小さな白い階段には、上の人の顔から水が流れ落ちるようになっていたのだろう。
『ポンペイ今日と2000年前の姿』は、小さな噴水の家に隣接しています。応接間の奥に、スタッコ細工やガラス状の材料が使われたモザイク、それに気品あるブロンズ像(原物はナポリ)などで飾られた美しい噴水があります。それらの壁画装飾の模様や色あいに、二千年前と変わらない生気が伝わってきますという。
やっぱり貝殻を使っているし、ガラス状のテッセラを並べて造った壁面は、小噴水の泉水堂と同じくらい華やかだ。
クマの家(33)の中庭の奥にある噴水 アウグスタ通り
『ポンペイ今日と2000年前の姿』は、庭の奥には、デリケートなブルーのモザイク、モザイクで描かれたビーナスの誕生、天使、人間の顔、泳ぎ回る魚の群などがモザイクで飾られた非常に美しい噴水がありますという。
どの色が大理石のテッセラで、どの色がガラスのテッセラか。大理石にもいろんな色があるが、青い色はガラスのテッセラではないだろうか。
こちらも大きさのそろった貝殻をそれぞれに並べてあるのはわかるが、テッセラ1つ1つが見分けられるほど画像が大きくない。色ガラスが嵌め込まれているのを見てみたい。
昨秋、ポンペイの遺跡を見学する機会があった。自由時間には是非大きな邸宅に入って、泉水堂にガラスのテッセラが使われていたことを確かめたいと思っていた。しかし、2時間の見学時間では、劇場広場(25)から入ってあちこち歩き回って市民広場(8)からフォルム浴場(14)、ヘルクラネウム門から出て秘儀荘(30)を見て終わりで、自由な時間などなかった。
上の3つの邸宅は下図に31~33で示しています。
入口に柵があって入り込めない家もあったが、我々が通りから見るだけなのに、外国人のグループは中に入ってじっくりと見学していた。
市民広場(フォロ、8)の奥にはユピテル神殿(9)があり、
通りを挟んだ奥、フォルム浴場の南にはカフェテリアがあったので、今度ポンペイに行ったなら、じっくりと1日かけていろんな邸宅を見学してみたい。そして壁面モザイクをじっくり見て、ガラスのテッセラを確認したいものだ。
ねりガラスについて、『ガラス工芸-歴史と現在展図録』は、ガラス・ペースト(練りガラス)と呼ばれている物質は、後に見られる透明ガラスほどには高温処理されていないため、まだガラス質中に細かいガス気泡が残り、不透明なガラスをさしている。製作技法上、実際にガラスを練ってつくるわけではないので、練りガラスとかペースト・ガラスとかいう名前は余り適切ではなく、むしろ不透明ガラスとでも呼ぶほうがよいであろうという。
不透明ガラスなら理解し易い。

※参考文献
「ポンペイの遺産 2000年前のローマ人の暮らし」(青柳正規監修 1999年 小学館)
「ポンペイ 今日と2000年前の姿」(アルベルトC.カルピチェーチ 2002年 Bonechi Edizioni)
「完全復元2000年前の古代都市 ポンペイ」(サルバトーレ・チロ・ナッポ 1999年 ニュートンプレス)
「ガラス工芸-歴史と現在展図録」(谷一尚他 1999年 岡山市立オリエント美術館)