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忘れへんうちに 旅編に、中央アジア各地の旅に続いて、イランの旅を記載し始めました。
その中で興味のある事柄については、詳しくこちらに記事にします。

2011/03/04

ユダヤ教徒のカタコンベにも金箔ガラスのメダイヨン

カタコンベについて『キリスト教の誕生』は、内部は狭くて暗い通路がはりめぐらされ、何層かに分かれたものもある。というのは、カタコンベは、必要に応じて拡張されたからである。たとえば内壁の高さを高くして墓の数を増やすには、通路を掘り下げていけばよいわけだという。

ローマ、プリシッラのカタコンベ2階部分
地下1階に網の目のように通廊(galleria)が作られ、蚕棚のようなロクルス(loculus、墓穴)が何段にも空けられ、もう横に広げられなくると、地下2階が開かれたらしい。
このような穴は漆喰などで塞がれていたから、目印になるようなものがないと、家族の墓でも探すのに苦労しただろう。
金箔ガラスのメダイヨンは、記念品または日用のガラス容器の底の部分を、何の特徴もないカタコンベの棚にを封印した漆喰に貼り付けて、墓参りの目印にされたことで後世まで残った。

『世界美術大全集7西欧初期中世の美術』は、カタコンベとは、そもそも、ローマ郊外のアッピア街道沿いの現在サン・セバスティアーノ教会が立っているあたりを示す地名に由来する。つまり、窪地であったために、「窪地のあたり ad catacumbas」と呼ばれたのである。2使徒ペテロとパウロの記念碑があったこの場所は、中世においても巡礼者が訪れるところであったため、その地下墓地が、カタコンベと呼ばれるようになったのが始まりであるという。
カタコンベに墓という意味も地下という意味もなかったのだ。

そして、地下に墓地を造ったのは、キリスト教徒だけではなかった。

ユダヤのシンボル 4世紀 金箔ガラスのメダイヨン ローマ、ユダヤ人のカタコンベ出土  
ペディメント(三角破風)が上下左右にある不思議なデザインだ。上段には獅子が中央の扉を開いた建物を挟んで向かい合っている。いや祠堂のような大きなものではなく、祭壇のようなものだろう。獅子の上には天幕がかかっているので、室内に置かれていることを示しているのだろう。
下段には7本枝に分かれた燭台が2つ並ぶ。その間には柱とも思えない、下部の膨らんだものが仕切りのように立っている。燭台の両側には双取っ手付きの壺、リュトン、アンフォラ形の壺(イチゴのよう)が置かれているので、上の祭壇にお供えをしているようにも見える。
また、四角い枠の左右と下側には、赤・黄・水色の小さな点々がある。小さな色ガラスを溶かして付けたのだろう。
よく似た場面が横並びになっているものがあった。

律法の書を入れた聖壇と七枝の燭台 4世紀 ローマ、ヴィッラ・トルローニアのユダヤ教徒のカタコンベ リュネット壁画 119X80㎝
ローマには、ユダヤ教共同体に属するカタコンベが7つ存在する。いずれの墓地も3世紀以前にさかのぼるとは考えられない。ユダヤ教カタコンベの構造は、通廊、アルコソリウム(アーチ形壁龕墓)、ロクルス、墓室など一般的にはキリスト教のものと共通する。
しかしながら、新約はもちろん、旧約聖書に典拠する主題も現れない。代わって、メノラ(七枝の燭台)、トーラ(律法の書)の入った聖壇、エトログ(レモン)、ルラブ(棕櫚の葉)などユダヤ教信仰の象徴が描かれる。メノラは、エルサレム神殿の祭器であって、神殿破壊後は、ユダヤ民族全体の救済を象徴するものとなった。このリュネット中央には扉の開いた神殿型の聖壇が描かれる。その上には星が輝き、左右の雲から太陽(左)と月(右)の光線が発している。天国の情景がここに展開しているという。
太陽と月、そして星が同時に出ている場所が、ユダヤ教では光り輝く天国だったのか。しかも、その上には天幕が表されていて、この世から天国の様子を垣間見ているようでもある。
これらの象徴は、カタコンベ壁画などの葬祭美術に現れるだけでなく、工芸品や舗床モザイクにも共通する主題であった。ユダヤ教徒は、特定個人の救済を願うというよりは、民族全体の救済の主題を墓所を飾る絵画にも導入したという点で、キリスト教徒や異教徒たちと隔たっているという。
天幕は上の金彩ガラスにもあった。室内を表しているのではなく、来るべきユダヤ教徒が救済される日の希望の光を見るための装置のようなものだろうか。

※参考文献
「世界美術大全集7 西欧初期中世の美術」(1997年 小学館)
「キリスト教の誕生」(知の発見双書70 ピエール=マリー・ボード 1997年 創元社)